- 商品番号:K10397
国名:日本
種類:単発式短銃
取扱店舗:東京店
- 【木製火縄銃 大筒雛形模型について】
本品は、火縄銃(大筒)の意匠や装飾の有無を企知するための見本として制作された雛形です。 流派の違いを反映してか、大筒の造形上の特徴を忠実に再現する一方、一部を省略した構造から、特定の目的(流派の識別など)に特化した作例と推測されます。なお、一般的な雛形の例に漏れず、本品も物理的な発射機構は備えておりません。銃身が木製になっている為(発射機能を有していないため)銃砲刀剣類登録証は不要です。全長は約525mm、銃身長は約310mm、口径は約6mm(深さ約5mmの浅い穴)、重量は約1,075gと、全長の縮小比率は、通常の大筒に比べ、約3分の1ほどではないでしょうか。しかし、重量は1/20くらいになるでしょう。
「雛形(ひながた)」とは、全体の形状を示す「見本・模型・縮小した試作品」などを意味します。「火縄銃 雛形」は、実物の火縄銃を小さく模して作られたミニチュア・見本用の小型火縄銃、あるいはその製作のための構造模型・設計の雛形を指す言葉です。雛形は「構造を学ぶため、または作るための見本・模型」で、その用途によって、原寸大、小型模型、作動模型などに分類されます。雛形は特別注文などの際、購入者と鉄砲鍛冶の間に入る「鉄砲仲買(国友では年寄と呼ばれる)」が、出来上がりの仕様や構造を注文主に確認してもらうための見本として見せたものと言われています。鉄砲職人または仲買人の手元にあったため、元々の数が少ない上に、鉄砲業を廃業した際に失われて現存数が極めて少ない希少品です。特に本品のような全木製の品は廃棄されたものが多いのか、殆ど現存していません。
雛形が制作された背景と希少性について。
日本有数の鉄砲生産地であった近江国友(現在の滋賀県長浜市)の国友鉄砲ミュージアムなどの資料や、国友一貫斎が著した『大小御鉄砲張立製作』(1818年、松平定信の依頼による火縄銃製造マニュアル) などの背景から、江戸時代の鉄砲製造は「図面(注文状)」や「見本」をもとに厳密に行われていました。特に注文主からの「このような仕様で作ってほしい」という特注品や、新しい流派の銃を仕入れる際、鉄砲鍛冶や窓口となる年寄は、構造の細部やからくり(機関部)の動きを説明するため、あるいは職人自身の「腕前(技術力)」を藩の役人や顧客にプレゼンテーションするために、精密な構造模型(雛形)を製作して提示していました。特に江戸時代には、大名や旗本への特別注文(特注の調度品、刀剣の拵え、建築、そして鉄砲や大砲などの兵器)を請け負う際、「雛形(ひながた)」を作って注文主に事前に見せ、確認(内覧)をとるという商習慣が確立されていました。 しかしながら、全ての顧客に雛形を作って見せた訳ではなく、新規に大口の注文などが入った際(特別な場合)に使用されたと思われ、その為現存品が少なくなっています。
本品は流派不詳ながら、大筒(あるいは大口径中筒)独特の胴金周りが太く、ずんぐりとした銃身形状をよく捉えています。大筒としてはかなり豊かな装飾が施されている点が特徴で、「意匠の限界(どこまで装飾が可能か)」を顧客に提示するための特注見本として制作されたものと推測されます。(MM)
【本個体の説明】
本品は形状のサンプルと思われ、鉄砲鍛冶の下請け(台師と金具師)の手によって作成された精巧な品です。 全体的には実寸大の火縄銃に似せた時代感(鉄錆地の銃身)はあります。全木製なので当たり傷などはありますが、程度の良いもので気になる傷などはありません。
銃身内は銃口から5mmの所で止まっており、銃身後部まで抜けていません。 尚、尾栓などはなく、外部から見えない銃身部分は省略されています。 火蓋の構造も種略されており、開閉などは 行えません。背割りは本歌と同じ様に入っており、カルカも本歌のテーパーが付いた木製の品が付属しています。 全木製の本歌の雛形は同時に入荷した馬筒の雛形(こちらは実物大で金具が凝っているため、金具の装飾見本と思われます)を除けば初見です。 銃身の裏側に墨書きがあります。(MM)
【その他の情報】
本品は木製銃身のため登録証不要です。 無可動実銃ではありません。
本銃(模型)は約150年以上前の古い機械物(精密な木製品)の骨董品であり、高価な品でございますので、出来ましたら現物をご確認の上、ご購入いただけますようお願いいたします。 無可動実銃とは異なり作動する部分がありますので、作動や仕上げの確認をご自身で行われる事をお勧めいたします。 通信販売でのご購入を検討される方は、詳細画像を十分ご確認いただいた上でご注文ください。
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