商品番号:10144
国名:日本
時代:第二次大戦
種類:ボルト・アクション
取扱店舗:東京店

三八式騎兵銃 初期型 (小石川製、#0024265)

¥275,000
税抜 ¥250,000
商品番号
10144
発売日
2025/12/01
取扱店舗
東京店
在庫
1
英名
Type 38 Carbine, Early Production
国名
日本
時代
第二次大戦
全長
966mm
口径
6,5mm×50
装弾数
5発
【三八式騎兵銃 初期型 について】

三八式騎兵銃 (三八式騎銃) は、三八式歩兵銃の銃身を騎兵用に短縮したモデルです。 元となった三八式歩兵銃は、日露戦争後の1905年 (明治38年、皇紀2565年) に日本陸軍が制式採用した小銃です。
三八式歩兵銃の主任設計は、三十五年式海軍銃と三十年式歩兵銃をベースに、南部麒次郎大尉が担当しました (海外ではアリサカ・ライフルと呼称されることが多いのは、原型となった三十年式歩兵銃の開発者が有坂成章陸軍砲兵大佐であるため)。 機構的には殆ど完成されていた三十年式小銃でしたが、日露戦争における満州の過酷な自然環境 (砂塵など) の中でいくつかの欠点が見つかり、三十五年式海軍銃の特徴 (遊底覆など) も取り入れて、明治38年に改良型が制式となりました。 部隊配備は日露戦争終戦後の1908年から始められ、約2年ほどで三十年式歩兵銃からの更新を完了されました。 初の大規模な実戦投入は第一次世界大戦 (青島の戦いなど) であり、以来、日本軍の主力小銃として定着しました。 日本の小銃の代名詞的存在として、九九式短小銃と共に終戦まで使用されました。 6,5mm弾は威力的に力不足でしたが、機能的には信頼性が高く前線兵士の間でも好評だったようです。
戦前にはイギリス、ロシア、メキシコ等、数ヵ国にわたり輸出されました。 また、中国で武装解除された部隊が使用した相当数の旧日本軍小火器は、戦後中国軍によって使用され旧軍の小銃を元にした小銃が現地でも製造されました。
三八式歩兵銃は1942年 (昭和17年) まで国内工廠にて生産され、その後も国外工廠の奉天工廠 (南満陸軍造兵廠) では1944年まで生産されました。 国産銃としては最多の約340万挺が生産されました (九九式短小銃は約250万挺)。 また、バリエーションとして三八式騎兵銃、三八式短小銃、四四式騎兵銃、九七式狙撃銃、三八式改狙撃銃があります。
三八式騎兵銃は、騎兵以外にも砲兵、輜重兵、車両部隊、空挺部隊といった特殊用途で使用されました。 歩兵銃と同じく半世紀以上にわたって生産されたため、時代により三種類のバリエーションが存在します。
初期型は主に東京砲兵工廠で生産された品で、軍用銃としては非常に丁寧な仕上がりとなっています。 弊社では、床尾板がプレート型の東京砲兵工廠製を初期型と定義しております。
中期型は主に戦間期に製造され、初期の特徴を残した非常に丁寧な仕上がりとなっています。弊社では、床尾板がプレート型で、主に小倉工廠や名古屋工廠で製造されたものを中期型と定義しております。
後期型は主に戦中に製造され、初期型や中期型に比べて仕上げは簡略化されています。弊社では、床尾板がカップ型を後期型と定義しております。
その他の三八式歩兵銃の特色や、弊社での分類を説明したブログがございますので、詳しくはこちらをご覧下さい。

【本個体の説明】

本個体は三八式騎兵銃 初期型の東京砲兵工廠 (小石川) 製です。 東京砲兵工廠では1923年 (大正12年) の関東大震災により甚大な被害を受け、一部機能を残しその役目を小倉工廠に移すまで生産されました。 初期型の東京砲兵工廠 (小石川) 製は、非常に丁寧な仕上がりで、検査刻印が多数打刻されているのが特徴的です。 本品の機関部左側面にはシリアルNo.0024265に加えて東京砲兵工廠製を示す刻印が入っています。 尚、シリーズ刻印は入っていません。 薬室上面の「三八式」の刻印ははっきりと残っていますが菊花紋章は完全に見えなくなっています。
木部・金属部共に再仕上が施されており、金属部はブルー仕上げが鮮やかですが部分的に表面錆のあとがみられ、地金っぽくなっています。 目立った破損は見られませんが、バット・プレートに表面的な朽ちこみの跡がみれます。木部は仕上げの艶があざやかですが角張った部分が丸くなっている印象です。 また銃床は少々目立つつ隙間が出来ていますが、がたつき無く固定されています。 その他小さな欠け等が散見されますが、劣化が進行している様子はありません。
トリガーテンションの有る、ボルト・ハンドルを閉じた状態で溶接固定した新加工品です。 マガジン・スプリングは残っています。 (YS)


※本ページに掲載の商品は、日本国内の基準に準じた加工が施された無可動実銃です。
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