- 商品番号:ARC0090
国名:中華民国 / 台湾
時代:第二次大戦
種類:ボルト・アクション
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【六五歩槍 について】
モデル概要
六五歩槍は、中華民国の山西省において、1920年代末から1930年代初頭にかけて日本の三八式歩兵銃をコピー生産した小銃です。 使用弾薬はオリジナルと同じく6,5mm×50弾であり、レシーバーなどの刻印を除き、各部の仕様はオリジナルの三八式歩兵銃と基本的に同様となっています。
開発・製造の背景
本銃が開発・製造された背景には、20世紀前半の軍閥時代における中国の複雑な政治状況がありました。 当時、山西省は北洋軍閥の一派である山西派 (晋系) の指導者である閻錫山 (えん しゃくざん) により統治されていました。 閻錫山の指導下において、当時の山西省は一種の独立国家のような様相を呈しており、太原造兵廠などを中心に銃器の自国製造が独自に行われていました。 また、当時の北洋軍閥においては日本製小銃が多数輸入されて運用されており、1917年には日本の武器輸出業者である泰平組合を通じて4万挺の三八式歩兵銃が輸入されたほか、その後1926年にもロシアから4千挺の三八式歩兵銃が輸入されていました。 このような背景から、山西派は自軍に馴染み深く性能も優秀であった三八式歩兵銃の独自生産に着手し、本銃を誕生させました。
構造と特徴
六五歩槍は三八式歩兵銃の構造を忠実に模倣しており、機関部の上部を泥や塵から保護する特徴的な防塵用のダスト・カバー (遊底覆) もそのまま備えられていました。 当時の中国において、三八式歩兵銃や本銃はその遊底覆の存在から「三八大蓋」という通称で呼ばれ、広く認知されていました。 オリジナルとの明確な識別点としては、レシーバー (薬室上部) に日本の菊花紋章や「三八式」の刻印がなく、独自の「六五歩槍」のモデル名刻印が打刻されている点が挙げられます。
山西派軍による運用と弾薬互換性問題
実際の運用において、六五歩槍は太原造兵廠で製造されたのち、山西派の軍における主力小銃の一つとして配備されました。 しかし、山西派が自軍の主要な歩兵銃用弾薬として6,5mm×50弾を運用していた一方で、山西派以外の中華民国の軍閥勢力の多くは7,92mm×57弾 (8mmモーゼル弾) を標準的に使用していました。 そのため、その後日中戦争が勃発し、抗日統一戦線のもとで他の軍閥や国民革命軍と共同作戦を行うようになると、勢力間で弾薬の互換性がなく、相互の弾薬供給に重大な問題が発生する事となりました。
太原造兵廠の喪失と7,92mm弾使用小銃への更新
この弾薬の不統一という課題に加え、日中戦争中の1937年、日本軍が太原作戦によって山西省の省都である太原を占領すると、山西派は六五歩槍やその弾薬を製造していた太原造兵廠という主要な軍事工業施設を失う事となりました。 これにより6,5mm×50弾の継続的な自力供給が困難となり、山西派の軍隊はその後、他勢力と共通である7,92mm×57弾を使用する小銃へと装備を更新していく事を余儀なくされました。
※本ページ掲載品は弊社販売実績参考品 (非売品) です。
※本ページ掲載品は日本国内の基準に準じた加工が施された無可動実銃です。
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