商品番号:ARC0043
国名:スイス
時代:第二次大戦
種類:短機関銃
アーカイブ品

フラー MP41/44 短機関銃 (アーカイブ品)

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商品番号
ARC0043
発売日
1993/03/11
在庫
本ページ掲載品は弊社販売実績参考品 (非売品) です
英名
Furrer MP41/44 Sub Machinegun
国名
スイス
時代
第二次大戦
全長
760mm
口径
9mm×19
装弾数
40発
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【フラー MP41/44 短機関銃 について】

開発の概要

1941年にスイスのアドルフ・フラー (Adolf Furrer) により開発され、スイス陸軍用としてスイスで初めて国産化された短機関銃です。

国際情勢と政治的背景による制式採用

本銃は同じくスイス軍用のLmg 25 軽機関銃と同様、トグル・ジョイント式ショート・リコイル機構を備えており、Lmg.-Pistole Mod. 1941/44とも呼称されます。 原型となったのは第一次世界大戦中の1914年から1918年にかけてフラーにより設計されたMP19と呼ばれる短機関銃で、トグル・ジョイント式ショート・リコイル機構を備え、マガジンを右側から装着するレイアウトとなっていました。 第二次世界大戦が勃発するとスイスは中立を宣言しましたが、ドイツによる侵攻の可能性に備えて、当時500挺未満しか装備されていなかった短機関銃を緊急に量産する必要が生じました。 スイス軍はSIG及びベルン造兵廠 (Waffenfabrik (W+F) Bern) に対して新型短機関銃の開発を要請し、ベルン造兵廠では当時管理者であったフラーが主任設計者となりました。 一方、競合のSIGはSIG MP41 短機関銃を開発する事となります。 当時スイス軍と政治的に結びついていたフラーは、自身の設計が採用されるよう積極的にロビー活動を行い、結果として短機関銃の試験は行われず、スイス軍はフラー MP41 短機関銃を採用しました。

トグル・ジョイント式機構と構造的特徴

本銃はトグル・ジョイント式ショート・リコイル機構を備えている事から、射撃時に本体左方向へトグル・ジョイントが飛び出す構造となっています。 マガジン・ハウジング上面にはセレクター・レバーを備えており、F (単発) - M (連射) -S (安全位置) で切り替えが可能となっており、安全位置ではロックが閉鎖もしくは開放状態で固定されます。 マガジンは40連で、本体右側から装着し、発射済みの薬莢は本体左方向へと排出されます。 リア・サイトはフリップ・タイプで、100mと200mで切り替え可能となっています。 尚、バレル・ジャケット下部には着剣装置を備えています。

運用上の課題と「MP41/44」への改良

フラー MP41 短機関銃は、複雑なトグル・ロック機構のため製造コストが高額であり、さらに製造上の問題のため、最初の100挺の試作品は1942年4月まで納品されませんでした。 また、部隊での運用試験では、精度は高いものの、重量が嵩み、また製造公差が小さいため汚れに弱いと判断されました。 さらに実際の運用時に発生した様々な問題を解消する為、既存の個体や新たに生産される製品には改良が加えられ、改良モデルにはMP41/44の名称が与えられました。 MP41/44では銃床がベークライト製から木製に変更された他、トグル・ロックのカバーを溶接により取り外し出来ないようにするなど、各部に改良が加えられています。 フラー MP41/44 短機関銃は生産に時間が掛かり、軍の需要を満たすことが困難でした。 そのため、1942年11月にはフィンランドから5,000挺のスオミ短機関銃を調達することが承認された上で、1943年2月にはライセンス生産契約も締結され、ジュネーブのイスパノ・スイザ社が生産を行う事となり、スイスで国産化されたスオミ短機関銃はMP43/44と呼ばれました。 スオミ短機関銃の国産化に伴い、 フラー MP41/44 短機関銃は第一線から引き上げられ、汚れや複雑な分解工程が問題とならない要塞や補助部隊での運用に使用されるようになりました。 最終的に1944年末までに生産されたフラー MP41/44 短機関銃は9,808挺と言われており、これらは1950年代末まで使用されました。

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※本ページ掲載品は弊社販売実績参考品 (非売品) です。
※本ページ掲載品は日本国内の基準に準じた加工が施された無可動実銃です。
詳細画像
  • 第二次大戦期 スイス軍 フラー MP41/44 短機関銃の全体・側面ビュー その1
  • 第二次大戦期 スイス軍 フラー MP41/44 短機関銃の全体・側面ビュー その2