- 商品番号:ARC0035
国名:日本
時代:第二次大戦
種類:機関砲/車載機関銃/航空機関銃
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【九二式 七粍七 機銃 について】
日本海軍による「ルイス軽機関銃」のライセンス生産
九二式 七粍七 機銃は旧日本軍の航空機関銃で、ルイス軽機関銃 (ルイスガン) を横須賀及び豊川海軍工廠でライセンス生産したものです。 ルイス軽機関銃は輸入当初、ルイスの頭文字に漢字を当てた「留 (ルイス) 式」の名称で呼ばれていました。 その後、昭和7年 (1932年) に国産化された際に九二式として制式採用され、航空機搭載機関銃として使用されましたが、地上部隊の機関銃不足を解消する為に、バット・ストックを取り付け、地上用に転用されました。
原型「ルイス軽機関銃」の開発と第一次世界大戦での普及
ベースとなったルイス軽機関銃は、1911年に米陸軍のアイザック・ニュートン・ルイス (Isaac N. Lewis) 大佐により開発された空冷式軽機関銃です。 ルイス軽機関銃は米軍には採用されず、ルイスは1913年にアメリカを離れ、ベルギー・リエージュにこの新型銃の商業生産を行う為の新会社であるArmes Automatiques Lewis社を設立しました。 ルイスは生産上の課題を解決するため英国のバーミンガム・スモール・アームズ (BSA) 社と協力関係を結び、1913年にはベルギーが.303 ブリティッシュ弾仕様のルイス軽機関銃を少数購入しました。 1914年にBSA社はルイス機関銃の製造権を取得し、ルイス社の工場もまたベルギーから英国に移転しました。 第一次世界大戦の勃発により、ルイス軽機関銃の需要も増加し、BSA社はモデル1914の名称でルイス軽機関銃の製造を開始し、1915年10月15日には英軍に制式に採用されました。 一次大戦中、ベルギーではルイス軽機関銃は生産されず、英国のBSA社と米国のサベージ・アームズ社のみにより生産が行われました。
強制空冷機構と内部構造
ルイス軽機関銃は、銃身にアルミニウム製の放熱用ラジエーターを備えており、これらが大口径の筒状のバレル・ジャケットに収められているのが特徴です。 発射時には銃口からのガスの噴出に伴い、バレル・ジャケット内に空気が後方から流れ込む事により、強制的に空冷が行われる構造となっています。 尚、航空機関銃モデルのルイス機関銃では通常、バレル・ジャケット及び放熱用ラジエーターは軽量化のために省略されていました。 作動方式はガス圧利用式で、オープン・ボルト位置から射撃を行いました。 閉鎖機構はローテイティング・ボルト式で、ボルトに設けられた4箇所のラグがレシーバー内と噛み合う事により閉鎖が行われます。 閉鎖/開放の為のボルトの回転動作は、銃身下部を通るガス・ピストン・ロッドの突出部分とボルト側の螺旋状の溝が連動する事により行われます。 このガス・ピストン・ロッドの突出部分には撃針も内蔵されていました。 ボルト・グループのリターン・スプリングはゼンマイ式で、本体下部に設けられた半円状のケースの中に収められており、ギアを介してボルト・グループを前方に押し戻す構造となっています。 給弾システムも特殊で、マガジン内には弾薬が2層に配置されますが、弾薬を送り出す為のスプリングは内蔵されておらず、マガジン・カバーの外側に刻まれたリブに対して2箇所の爪が噛み合う特殊なアームを介して、ボルト・グループの前後サイクルに連動して給弾される構造となっていました。 この給弾用のアームはボルト後部の突起により駆動される構造となっていました。 尚、航空機関銃用途として、より大容量の4層構造となったマガジンも製造されました。
日本における運用
日本が採用した昭和7年(1932年)には旧型となっていたルイス軽機関銃でしたが、多目的な用途に対応でき、生産も容易であったため、最終的には昭和19年(1944年)までに約15,000挺が生産され、航空機銃や地上用の他、船舶にも搭載されました。 ベースとなったルイス軽機関銃は、一次大戦の際、泥や塵の侵入による動作不良が問題となっていましたが、日本に採用され航空機銃や船舶に搭載されたものに関してはその心配も少なく、大きな問題とはなりませんでした。 この事から、日本海軍はルイス軽機関銃の最後の主要な運用者とされています。 旧軍の航空機関銃の多くは武装解除の際に真っ先に機体から外され処分されたため、現存数は極めて少なくなっています。
※本ページ掲載品は弊社販売実績参考品 (非売品) です。
※本ページ掲載品は日本国内の基準に準じた加工が施された無可動実銃です。
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