- 商品番号:ARC0021
国名:ドイツ
時代:第二次大戦
種類:自動小銃
-
同モデルや関連アクセサリー類はこちら 本モデル関連の弊社ブログ一覧はこちら
【FG42 空挺用自動小銃 I型 について】
開発の概要
第二次世界大戦中の1942年にドイツ空軍の降下猟兵向けとして開発された、7,92mm×57 モーゼル弾を使用するセレクティブ・ファイアの自動小銃で、FG42のモデル名はドイツ語のFallschirmjagergewehr 42 (=降下猟兵小銃42) を略したものです。
クレタ島の戦いの教訓と開発要件
第二次世界大戦初期において、降下猟兵はKar.98kやMP38、MP40、MG34といった当時のドイツ軍における標準的な小火器を装備していましたが、降下中は拳銃や手榴弾等を装備する程度で、小銃や機関銃といった重量のある装備は別途コンテナに収容した状態で投下し、降下後に回収する手法が採用されていました。 しかしながら、1941年5月20日から6月1日にギリシャのクレタ島で行われたクレタ島の戦い (メルクール作戦) において、ドイツ降下猟兵は降下後の武器コンテナの回収に手間取り、防御側の英連邦軍によるライフルや機関銃攻撃により作戦の初期段階で甚大な損害を受けました。 そのためドイツ空軍内では、降下猟兵が降下中にも装備可能で、従来の小火器の機能を兼ね備えた汎用性が高く効果的な小火器の開発が求められる事となりました。 ドイツ空軍の航空兵器部門GL/C-6がまとめたLC-6と呼ばれる要求仕様においては、標準弾薬である7,92mm×57 モーゼル弾を使用するセレクティブ・ファイアが可能な、軽量 (Kar.98kと同程度以下) かつ小型 (全長1m以内) の自動小銃で、二脚や1,5倍の光学照準器、(可能であれば折り畳み可能な) 銃剣を装備するなどといったスペックが盛り込まれていました。 しかしながら、陸軍兵器局 (HWaA) がライバル関係にある空軍の要求に基づいた小火器の開発を拒否した事から、ドイツ航空省は1941年後半にグストロフ社、ヨハネス・グロスフス社、C G ハーネル社、ハインリヒ・クリーグホフ社、モーゼル社、ラインメタル・ボルジッヒ社に対して新型自動小銃の試作要請を行いました。 この内、航空省からの要請に応える事ができたのはラインメタル・ボルジッヒ社及びズールのハインリヒ・クリーグホフ社のみで、モーゼル社ではMG81を地上転用型に改修したモデルを提案しましたが、これは箱型弾倉を求めたLC-6の仕様に沿わなかった事から却下されました。 その他のメーカーについても、航空省からの要請は検討の余地がないとして辞退しました。 ラインメタル・ボルジッヒ社及びクリーグホフ社ではドイツ航空省の要求する仕様を備えた新たな小火器の開発を進め、二社が製作した試作銃について1942年半ばに試験が行われた結果、ルイス・シュタンゲ (Louis Stange) 技師率いるラインメタル社の試作モデルが採用されました。 しかしながら、ラインメタル社では当時既に軍向けのその他小火器の製造に追われていた事から、量産はクリーグホフ社により行われる事となりました。
射撃モードに応じて切り替わる独自の作動メカニズム
FG42の作動方式はガス圧利用方式で、ロング・ストローク式のガス・ピストンが銃身下部に配置されており、2箇所のロッキング・ラグを備えたローテイティング・ボルトにより閉鎖が行われます。 FG42の作動方式の大きな特徴として、セミ・オートマチック射撃時には射撃精度を高めるためクローズド・ボルト方式、フル・オートマチック射撃時には銃身の冷却効率を高めるためオープン・ボルト方式で作動する点が挙げられます。 マガジンは10連もしくは20連タイプが用意され、本体左側面から装着し、発射済み薬莢は本体右側面へ排出されました。
前期型(I型)と後期型(II型)の違いとバリエーション
FG42の量産モデルは大きく前期型 (通称:I型) 及び後期型 (通称:II型) に分類され、試作モデルも含めるとタイプAからタイプGまでの複数のバリエーションが存在します。 前期型 (I型) の量産モデルはタイプEと呼ばれ、その後、後期型 (II型) の試作モデルであるタイプFを経て、後期型の量産型であるタイプGへと移行しました。 I型ではレシーバーが削り出しにより製作されていましたが、II型ではレシーバーがプレス製へと変更されており、レシーバー及び内部部品の強度を確保するため、レシーバーは若干大型化しました。 また、前期型では降下中の使用を考慮してグリップが後方に傾斜の付いた形状となっていましたが、後期型ではより垂直に近い角度の樹脂製グリップへと変更されました。 バット・ストックについても前期型ではプレス製となっていましたが、後期型では大型の合板製へと変更されています。 その他にも、前期型では二脚基部がハンドガード前方に設けられていたのに対し、後期型ではフロント・サイト・ベース前方へと二脚基部が移され、二脚の開く方向も変更されました。 また、前期型が安全装置を兼ねたセレクターを装備していたのに対し、後期型ではセミ/フル・オートマチック射撃のセレクターとは独立したセーフティ・レバーが装備されるなど、機構的にも違いが見られます。 尚、後期型では排莢孔後方にケース・デフレクターが追加された他、マガジン取り付け孔にはスプリングを備えたダスト・カバーが追加されました。 FG42の正確な生産数については不明ですが、前期型 (I型) が約2,000挺、後期型 (II型) が約6,000挺程度と推定されています。
戦後の銃器開発に与えた影響
生産数が少なかった事から、第二次世界大戦中の戦局には殆ど影響を及ぼす事はありませんでしたが、その後の米国におけるM60の開発など、FG42の先進的なコンセプトや構造は戦後の銃器開発に多大な影響を与えました。
※本ページ掲載品は弊社販売実績参考品 (非売品) です。
※本ページ掲載品は日本国内の基準に準じた加工が施された無可動実銃です。
- 詳細画像




