2026年5月のヨーロッパ出張! Part.1 ~古式銃の故郷とバルジの戦いの足跡を訪ねて~

皆様こんばんは、キートンです。 少しご無沙汰しておりましたが、今回は久々となる海外出張の模様をお届けいたします。

今回は社長、そして大阪店スタッフのアルマ氏との3人でのヨーロッパ巡りとなりました。


今回の出張の旅程はこのようになっています。 訪問先はベルギーとイギリスの2か国。 シカゴのヨーロッパ出張といえば、お馴染みのオーストリアの物流倉庫が定番ルートですが、物流倉庫に立ち寄らない欧州出張というのは、振り返ってみてもなかなか新鮮ですね。

さて、羽田空港で無事に社長、アルマ氏と合流した後は、フィンランドのヘルシンキを経由し、最初の目的地であるベルギーのブリュッセルへと向かいます。


ブリュッセルの空港では、いきなりNATO (北大西洋条約機構) の広告に遭遇。 冷戦期から現代に至るまで、欧州の安全保障の総本山となってきた、ブリュッセルの意外な一面です。 (NATOロゴ入りの帽子とTシャツを着た小便小僧がシュールですね…)。


今回の旅を共にする相棒は、フランスのプジョー 5008というSUV車。 そして今回、ベルギー国内でのレンタカーのハンドルを握るのは、自ら志願してくれたアルマ氏です。 彼の頼もしい (?) 運転に身をまかせ、私たちが最初に向かったのは、古式銃コレクターの皆様には非常にお馴染みの街、リエージュです。


今なお世界最古級の歴史を誇るプルーフ・ハウスが稼働し、ヨーロッパにおける銃器製造の聖地であり続けるリエージュの街。 しかしながら、現在の穏やかで美しいマース川沿いの街並みを歩いていると、かつては街全体が銃器製造で賑わっていたとは、にわかには信じられないほどです。


さて、そんな静かなリエージュの街中に佇むのが、こちらの「クルティウス博物館 (Grand Curtius)」です。


こちらの博物館、実はベルギーにおける銃器生産の歴史に関して、非常に見応えのある展示を行っている隠れた名所です (博物館の公式ウェブサイトでは銃器の展示についてそれほどアピールしていませんが…)。

この博物館は2014年に大阪店スタッフのナベさんが訪れた際にもブログで紹介してくれていますが、当時とは展示方法などが変わって、より洗練された印象となっているようです (社長談)。
(>> 2014年のナベさんの出張ブログはこちら)



館内に一歩足を踏み入れると、リエージュ周辺の鉄鋼業の歴史を物語る古い刀剣類やフリントロックに始まり…


リエージュでコピーされたコルト ドラグーンや、


お馴染みのルフォーショー リボルバーはもちろんのこと、


19世紀の各国の黎明期のボルト・アクション・ライフルや、第一次・第二次両大戦で使用された機関銃を含む主要な小火器に至るまで、幅広いコレクションが展示されていました。


シカゴにも在庫のあるヴィクトル・コレー (Victor Collette) もここリエージュで製造されたもの。 独自のグラビティ・フィーディング システムなど、当時の銃工たちが試行錯誤した痕跡を現地で見ることができるのは贅沢ですね。
(>> 在庫のベルギー製古式銃はこちら)

そして、ベルギーの銃器生産の歴史を語る上で、忘れるわけにいかないのがFN製の銃器たち。


こちらはFN MINIMIの初期の生産品。 よく見ると、ピストル・グリップはFAL用のものを流用したような形状をしていますね。


お馴染みのSCARやP90、F2000など、FN社の比較的最近のモデルも、他国製の銃に混じって展示されていました。

事前の下調べではそこまで大きな期待はしていなかった博物館でしたが、いざ蓋を開けてみれば、ベルギー製のみならず世界各国の銃器が目白押しで、流しながら見学したつもりが、当初の滞在予定時間を大きくオーバーしてしまいました。 もし1挺ずつじっくり鑑賞していたら、確実に丸一日あっても足りないほどの高密度な内容でしたね。

クルティウス博物館を一通り見学した後は、博物館からほど近い場所にエルスタル (Herstal) という街へと車を進めます。


ヨーロッパらしい、細い住宅街の道を抜けると…


突如として現れる厳重なゲート。 そしてその先に見えるのが、FN ハースタル社の本社工場! (ハースタルはエルスタルの英語読みですね)。

さすがに銃器メーカーの工場なので、当日アポイントなしで中に入ることはできませんが、19世紀末の創設時から続く歴史ある赤レンガの建物の中で、今なお世界最先端の銃器が生み出され続けているという事実に胸が熱くなりました。


興奮冷めやらぬままエルスタルの街を後にし、高速道路を走ること約30分。次第に周囲の車窓は鬱蒼とした森へと姿を変えていきます。 かの有名な「アルデンヌの森」がいよいよ姿を現したようです。


アルデンヌの森の中を通る下道をしばらく進むと、モータースポーツの聖地として世界的に有名な「スパ・フランコルシャン・サーキット (Circuit de Spa-Francorchamps)」に到着します。 この日は幸運なことに、「International GT OPEN 2026」というGTレースに向けたテスト走行が行われており、一般の私たちも無料でポルシェのレースカーのテスト走行を見ることができました。


時速240~250km近いスピード (推定) でストレートを駆け抜けた後、名物である超高速の上り急勾配コーナー「オールージュ (Eau Rouge)」へと、ほぼ減速することなく吸い込まれていくポルシェたち。 こうしたレースにはそれほど詳しくないという社長も、その凄まじい迫力には圧倒されていた様子でした。 (写真では迫力やスピード感が伝わらないのが残念ですが…)。

さて、短時間ながらスパ・フランコルシャンを満喫した後は、この日最後の目的地である「ラ・グレーズ (La Gleize)」という村へ。
この村もナベさんが過去に訪れてブログで紹介している場所で、第二次世界大戦末期のバルジの戦いの際に、ヨアヒム・パイパー率いる有名な「パイパー戦闘団」が包囲され、重装備を放棄して撤退した終焉の地です。


長閑な村内に入ってしばらく進むと、この村のシンボルであるティーガー II (キングタイガー) 戦車が姿を現します。

この213号車は、戦闘中に損傷してこの地に放棄されたものですが、戦後にアメリカ軍の回収部隊がスクラップとして撤去しようとした際、現地の女性が「ブランデーのボトル1本」と引き換えに米軍を説得し、村の歴史を語るシンボルとして残したという逸話が有名だそうです。


車体前面には、米軍の砲撃によるものと思われる被弾痕が生々しく抉れたまま残っていますが、これだけの打撃を受けながらも、装甲が貫通しなかったキングタイガーの防御力には、ただただ圧倒されます。


砲身も戦闘により途中から吹き飛んでしまっていたそうですが、戦後になってから、別の場所に放棄されていたパンター戦車の砲身を接合して補修したという経緯があるそうです。


(砲身が吹き飛んでいた当時の写真)

このような長閑な村が激戦地だったとは、にわかには信じがたい光景です。


ティーガー IIを見た後は、お隣に併設されている「ディセンバー 44 博物館 (December 44 Museum)」という博物館を見学します。

博物館の規模こそそれほど大きくはないのですが、この近辺で発掘された遺品などが多数展示されていて、当時この地で行われた戦闘の現実をこれでもかと突きつけてきます。


展示の中には、ヨアヒム・パイパーが撤退時に残していったとされる、本人の名前入りのマップ・ボードもありました。


博物館の展示内容については、過去にナベさんが熱量たっぷりにレポートしてくれていますが、今回もお疲れなドイツ兵のマネキンが哀愁を漂わせていました。

さて、博物館を一通り見学し終えた後は、再び車を1時間ほど走らせて、この日の宿泊地であり、バルジの戦いにおけるもう一つの激戦地、「バストーニュ (Bastogne)」へと向かいます。 バストーニュ編は次回に続きます!

それではまた!!



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