商品番号:K10245
国名:日本
種類:中筒/大筒
お客様ご連絡中

火縄銃 国友三十匁大筒 (銃砲刀剣類登録証付古式銃、在銘: 江州国友藤兵衛重當)

¥1,320,000
商品番号
K10245
発売日
2026/08/02
取扱店舗
東京店
在庫
0
英名
Japanese Large-caliber (30-Monme) Matchlock Gun, KUNITOMO-Style
種類
中筒/大筒
国名
日本
時代
江戸時代後期
全長
977mm
口径
27mm (実測: 27.2mm)
装弾数
単発
在庫がありません
【火縄銃 国友三十匁大筒 (江州国友藤兵衛 重當)について】
本品は口径が実測27.2mmの三十匁、全長が約97.7cm、重量約13.3kgの大筒サイズの火縄銃で、抱きかかえるようにして射撃をしたと思われます。 軍用の中筒は6匁筒 (15,8mm)~10匁筒 (18,7mm) 前後で、それ以上は大筒と呼ばれる事もあります。 大筒の定義は定かではありませんが、抱えて射撃の不可能な50匁筒 (33mm) 以上の品を通常は大筒と呼ぶようです。

本品は江州=近江国 (おうみのくに: 現在の滋賀県)国友村 で製作された国友筒と呼ばれる品です。 在銘で「江州國友藤兵衛 重當」の作品です。 国友藤兵衛は鍛冶工房名で、鉄砲の一大生産地として栄えた江州国友村の鉄砲師家の中で有名な家系で十一代続きました。気砲を発明した江戸時代の天才科学者である国友 藤兵衛重恭(能當、一貫斎)を輩出した家系でも知られています。 「重當 (しげまさ)」は江戸時代後期に優作を残した國友藤兵衛家の中でも上手と言われた名工です。 銃身には「江州國友藤兵衛 重當」の銘が上手に切られており、銘ぶりから銘文が真正なのが伺われます。 「江州國友藤兵衛 重當」は「全国鉄砲鍛冶銘鑑」P.138及び「全国鉄砲鍛冶銘地域別分類」P.127?に掲載されています。

本品の筒 (銃身) は後方に向かってやや広がった丸銃身で上方のみ平らに面取りされています。 銃身前部の最も細い部分の外径は約54mmで後部の最も太い部分の外径は約63mmの重量のある作りになっています。 銃口部には立派な八角柑子が設けられ、その後ろに玉縁と呼ばれる環を配しています。 目当は前目当が杉形で、元目当は前半分が千切透し、後ろ半分が筋割となっています。 銃身は台 (銃床) に対して3か所の目釘により固定される構造となっています。目釘穴の飾りは全て当初からありません。
本品のカラクリは蟹目ナキ内カラクリで、カラクリの地板は後方に長く伸びた特徴的な荻野流の形状となっています。 カラクリの地板や胴金、雨覆、火蓋、火挟といった部品は真鍮製となっています。 火挟は鉄砲の大きさに合わせた大振りで火挟の軸 (矢ハズ鋲) も無地の大きい丸型になっています。 真鍮製の引金は舌形とも言われる形状で用心金は設けられておらず、引金後方の銃床下部には強度を増すためのナマコ金 (力金) と呼ばれる真鍮製の部品が取り付けられています。 銃の大きさから比べてナマコ金は非常に小振りです。銃床は全体に装飾は控えめとなっていますが、大筒の衝撃にも耐えられる材質の良い上等の銃床です。

本品は庵の背が直線的に真っすぐ下がった台かぶの形状を特徴とする全体的なシルエットから上野国 (群馬県) の荻野六兵衛安重 (1613-1690年) が興した荻野流でないかと思います。 荻野流は江戸時代初期の寛文年間 (1661-1673年) 頃創始された、正木流など十二流派の砲術を極めた、和流砲術の一流派です。 安重の子である六兵衛照清 (てるきよ) が大坂で私塾を持って流派を広げました。 荻野流は各藩から入門者が多く、江戸時代を通じて最も流行しました。 砲術家の坂本天山や高島秋帆 (たかしましゅうはん) を輩出したことでも有名です。 大砲術に力を入れた流派であり、高島秋帆が荻野流砲術を基に製作した十匁筒を、 天保10年 (1839年) 5月に書き写した「高島所持荻野流拾匁筒之図」が残されています。 中筒(十匁前後)の現存品は数があり、荻野流諸流派における特徴の違いなどもある程度研究されておりますが、大筒の現存品は少ないため本品が荻野流であると断言は出来ません。 しかし中筒、大筒問わず大口径の火縄銃の標準的な姿をしています。 (MM)

本品の特筆すべき唯一の装飾は胴金の表面に卍繋 (紗綾形)文で彫り入れられている点で、弊社では初めて見ました。 あえて文様を連続させず、端をぼかすように切り取り、角などのポイントになる場所に効果的に散らした意匠が小粋です。

【「ニ千九〇五二」刻印について】
銃身後部上方(元目当の後ろ)に「ニ千九〇五二」の刻印が入っています。 これは壬申刻印の一部と考えられます。 「壬申刻印」とは「壬申の年 (明治5年)」に施行された古式銃の一種の戸籍登録番号で、本品はそれに相当するものです。 「壬申の年(明治5年)」の11年後に登録された干支では「癸未 (みずのとひつじ、きすいのひつじ、きび)」にあたりますが、「癸未刻印」とは一般的には呼びません。 明治4年、明治陸軍は主力小銃の統一化を図るにあたり、旧藩に残る銃砲の種類、挺数の把握が急務となりました。 翌明治5年 (1872年、壬申) 1月から、太政官布告第28号第五則の「銃砲取締規則」によって、私蔵されていた銃砲の「我が国初の管理統制」が始まりました。 廃藩時に旧藩は旧家臣に軍用銃を下付した事例が多く見られ、旧士族の家には一挺の軍用銃があったとも言われています。 それらの銃はその後市中に大量に出回り私蔵されていました。 銃砲取締規則ではこれらの私蔵されていた銃砲について、管轄庁 (東京と大阪は武庫司) に持参して改刻印式によって番号、官印を受ける (これが明治5年度であれば壬申刻印と番号) 事が義務付けられました。 同時に管轄庁は同人名と番号を管轄鎮台に届け出て、鎮台より武庫司にそれらが提出される仕組みになっていました。 この銃砲調査は明治20年代頃まで行われましたが、明治5年 (1872年=壬申) の調査が最も大々的に行われ、今日この種類の刻印の内90-95%が壬申の年に行われた事から、古式銃に打たれた漢字の刻印は、まとめて「壬申刻印」と呼ばれています。

【本個体の説明】
本品の銃身は一度仕上げ直しをされてオリジナルのような防錆の錆仕上げが施されています。 銃身表面に若干の朽ち込み痕が見受けられるものの、全体としては目立った欠損等は見られず、概ねしっかりとした状態が保たれています。 銃身下面に切られた銘についても、はっきりと確認出来ます。銃身下面の目釘金具の位置と銃床の目釘穴の位置は3箇所とも一致しています。 尚、目釘は付属しておりません。
台木 (銃床) については、若干の打ち傷や小さな欠けが見られるものの、全体としては大きな破損等は見られず、製造された時代を考慮すれば非常に良好な状態が保たれています。 カラクリの地板や胴金、雨覆、火蓋、楔、引金、ナマコ金といった真鍮部品については、若干の打ち傷は見られますが、現状目立った腐食等は見られず、適度な時代感が付いた良い雰囲気となっています。 カラクリの作動については完全で、火挟を起こした際のロックはしっかりと掛かり、引金を引くと火挟がスムーズに落ちます。 火蓋の開閉についても問題なく行うことが可能です。 銃身内は銃口から銃身後部まで完全に抜けて (通って) おり、火穴も抜けています。 尾栓については現状固着しており、取り外しは出来なくなっています。 木製のカルカ (さく杖) が付属いたします。 銃身後部上方の「ニ千九〇五二」の刻印は元々小さく判読は多少難しいです。

本品のような大振りで大口径の品は、中筒五十挺に一挺ほどしかありません。 国友の名門鉄砲鍛冶の作品でもあり、非常に真面目な弊社一押しの一挺です。(MM)

[本個体各部名称及び形状と有無]
口径: 27.2mm (実測)
重量: 約13.3kg
銃身: 丸銃身、表一角
銃身筋立: 無
銃身装飾: 無
露: 無
柑子: 八角柑子
玉縁: 鉄製の帯に両端に縁あり
先目当: 杉形
元目当: 前半分が千切透シ、後ろ半分が筋割
センサシ: 3箇所
尾栓: 有(固着)
台: 樫と思われる、火縄銃としては一般的な材質と仕上げ
先台面取リ: 有
目釘座(シノギ目): 無
目釘: 合計3本
腕貫ノ穴 (先台輪束穴): 無
台裏墨書: 無
カルカ: 木製
矢袋金具: 無
背割: 有
背割金具: 無
胴金: 真鍮製幅約1.75mm、卍繋 (紗綾形)散シ彫
火挟: 真鍮製
矢ハズ鋲: 真鍮製大型無地円形
弾金: 無
火皿: 鉄製
火蓋: 真鍮製
雨覆: 真鍮製
煙返シ: 無
楔: 真鍮製横二本形
胴金後部金具: 無
矢倉鋲: 無
矢倉鋲座: 無
芝引金: 銅製剣先形
台かぶ飾金具(右): 無
台かぶ飾金具(左): 無
火縄通シノ穴: 無
台かぶ輪束穴: 無
鋲裏座金: 真鍮製蛇ノ目形2箇所
地板: 真鍮製
地板尻: 角(垂直二切落トシ)
カラクリ: 蟹目無キ内カラクリ
疣隠シ: 無
背割端金具: 真鍮製猪目透シ
矢倉鋲裏座: 無
鋼鋲(火縄下ゲ輪): 無
鋼鋲(火縄下ゲ輪)ノ座: 無
用心金: 無
用心金座: 無
引金: 真鍮製舌形
引金座: 真鍮製矩形
ナマコ金: 真鍮製、小型
駒型金物: 無

刻印: 銃身後部上方(元目当の後ろ)に「ニ千九〇五二」

【登録証情報】
(種別: 火なわ式銃砲、全長: 97.7cm、銃身長: 67.5cm、口径: 2.7cm、銘文: 江州国友藤兵衛重当)

【その他の情報】
昭和61年3月27日に東京都教育委員会によって交付された銃砲刀剣類登録証が付いた、完全可動する実物の古式銃です。 無可動実銃ではありません。

本銃は約150年以上前の古い機械物の骨董品であり、高価な品でございますので、出来ましたら現物をご確認の上、ご購入いただけますようお願いいたします。 無可動実銃とは異なり作動する機械物ですので、作動や仕上げの確認をご自身で行われる事をお勧めいたします。 通信販売でのご購入を検討される方は、詳細画像を十分ご確認いただいた上でご注文ください。


詳細画像