国名:アメリカ合衆国
時代:第二次大戦
種類:軽機関銃/汎用機関銃

BAR M1918A2 ブローニング オートマチック ライフル (#535377)

¥517,000
税抜 ¥470,000
商品番号
8991
発売日
2026/04/13
取扱店舗
東京店
在庫
1
英名
Caliber .30 US Model 1918A2 Browning Automatic Rifle
国名
アメリカ合衆国
時代
第二次大戦
全長
1,219mm(実測)
口径
.30-06
装弾数
20発
【BAR M1918A2 ブローニング オートマチック ライフル について】
BAR (Browning Automatic Rifle, ブローニング オートマチック ライフル) は、機関銃を配備した敵に対して分隊単位で対抗可能な小火器の必要性を受けて1917年に開発された、自動小銃と軽機関銃の中間的な特徴を併せ持った銃です。
1917年にアメリカの第一次世界大戦への参戦に先駆けて、ジョン・M・ブローニングは後にM1917として採用される.30-06弾を使用する水冷式重機関銃のプロトタイプ及び同じく.30-06弾を使用するBMR (Browning Machine Rifle, ブローニング マシン ライフル) と呼ばれる自動小銃をワシントンD.C.に持参し、デモンストレーションを行いました。 このデモンストレーションの結果、BMR自動小銃はすぐさま米軍制式となり、軍の最優先生産品となりました。 同時期に制式となったM1917重機関銃との混同を避けるため、この自動小銃は「Rifle, Caliber .30, Automatic, Browning, M1918 (BAR)」と命名されましたが、初期生産品のBARでは銃本体に「BROWNING MACHINE RIFLE」のモデル名が打刻された品も見られます。 1917年7月にはブローニングのパテント権限を保有していたコルト社に12,000挺が発注されました。 しかしながら、当時コルト社は英国向けのビッカース機関銃の生産によりBARを製造する余裕がなかったため、工場拡張期間中はBARの納入期限を遅らせる事を要請しましたが、政府はこれを却下し、代わりにウィンチェスター社を主契約者に指名し、25,000挺のBARを発注しました。 ウィンチェスター社はBARの生産開始に先駆けて排莢方向を上方から右側面に変更するなど、BARに幾つかの改良を加えて1918年2月に製造を開始しましたが、初期生産品の1,800挺は個体間で部品の互換性が無いなど軍の仕様を満たすものではなく、軍の仕様が満たせるようになるまで一時的に生産停止を余儀なくされました。 その後、ウィンチェスター社によるBARの一カ月当たりの生産数は1918年6月には約4,000挺に達し、7月には月生産数が約8,000挺となりました。 ウィンチェスター社によるBARの製造が軌道に乗ってから程なくして、当初の主契約者であったコルト社及びマーリン・ロックウェル社によるBARの製造も開始されました。 マーリン・ロックウェル社による最初の生産ロットは1918年6月に納品され、同社による最盛期の生産数は一日当たり200挺であったと言われています。 BARの生産は1918年9月までに34,500挺に達し、1918年11月に第一次世界大戦が終結するまでに53,000挺のBARが納品されました。 この内約28,000挺がウィンチェスター社、約16,000挺がマーリン・ロックウェル社によるもので、コルト社が終戦までに製造したBARは僅か9,000挺程度に留まりました。
その後、1930年代に入ると、既存のBARを改修したM1918A1と呼ばれるモデルの開発が進められ、1937年6月24日に制式となりました。 M1918A1ではハンドガード前方のガス・シリンダー・チューブに折り畳み式の二脚が追加された他、元々のバット・プレートにヒンジ式のアウター・バット・プレートが追加されました。 1938年に入ると、さらなる改良モデルであるM1918A2が開発されました。 M1918A2では二脚の取り付け位置が銃口付近に移されている他、ハンドガードが短縮され、ヒート・シールドが追加されました。 M1918A2では射撃機能がフル・オートマチックのみとなり、発射速度を低速もしくは高速で切り替える構造となりました。 また、1942年10月には当初木製であったバット・ストックが樹脂製に変更された他、1944年12月にはキャリング・ハンドルが銃身に追加されました。 M1918A2は従来のM1918やM1918A1の改修の他、ニューイングランド・スモール・アームズ (NESA) 社やIBM社によって新規製造も行われました。 尚、M1918A2のそれぞれのメーカーの新規生産数は、NESA社が168,363挺、IBM社が20,017挺となっています。
BARは戦後、M1ガランドやM1カービンと共に我国の自衛隊にも供与されていたため、日本でも馴染みのある銃とも言えます。 (KK Updated)

【本個体の説明】
本品はIBM社により当初からBAR M1918A2として製造された品で、レシーバー上面にはシリアルNo.535377の他、「BROWNING AUTOMATIC RIFLE U.S. CAL 30 M1918 A2」のモデル名刻印及び「MAN'F'D BY I.B.M. CORP.」のメーカー刻印が打刻されています。 IBM社はニューイングランド・スモール・アームズ (NESA) 社と並んでBAR M1918A2を新規製造したメーカーですが、生産数はNESA社の168,363挺に対し、IBM社の生産数は僅か20,017挺と言われています。 レシーバー上面にはその他にもスプリングフィールド造兵廠を示す「SA」の刻印が入っています。 バット・ストックは樹脂製となっており、付属の二脚は脚の長さの調整ノブが上部に設けられている1944年5月に採用された後期タイプとなっています。
銃身前部上面にはフレーミング・ボムの刻印と共にニューイングランド・スモール・アームズ社を示す「NE-7」のサブコントラクター刻印の他、製造時期を示す「12-44」の刻印が入っています。 その他、リア・サイト・ガードに「C64231-2」、ニ脚基部に「B-147337-A」、ニ脚の右脚に「B7312235N」、右脚の石突部分に「7312236-1」、左脚に「B7312235N」、左脚の石突部分に「B7312237-1」の刻印が入っています。 トリガー・ガード・グループは、マガジン・ガイドが一体式となったタイプで、トリガー・ガード下面に「D35470-7 NE6」の刻印が見られます。 その他、ガス・シリンダーは穴が小さい大戦中のタイプ、バット・プレートはヒンジ式の蓋 (バット・トラップ) が省略された1942年10月に採用されたタイプとなっています。
本品は全体に適度に使い込まれたコンディションとなっており、金属部はやや打ち傷や擦れ、経年による褪色の他、一部に時代錆や表面錆痕、仕上げが薄くなり金属の地肌が表れている箇所が見受けられるものの、大きな欠損等は見られず、概ねしっかりとした状態が保たれています。 ハンドガードやキャリング・ハンドルといった木部については、やや目立つひびや欠けが見られますが、取り付け自体は大きながたつきはなく比較的しっかりとしています。 樹脂製バット・ストックについても、全体にやや打ち傷や線傷が見受けられますが、こちらは現状目立った破損や欠損等は見られません。 バット・プレート及びショルダー・レスト部分については、やや打ち傷や擦れ、若干の表面錆が見られますが、現状大きな朽ち込みや変形等は見られません。 リア・サイトの起倒・調整やマガジンの着脱、二脚の展開・伸縮、ショルダー・レストの開閉については問題なく行う事が可能です。 セレクター・レバーの切り替えについても問題なく、安全位置でトリガーがロックされます。 付属のマガジンは全体に仕上げが薄くなり、やや打ち傷や一部に時代錆及び表面錆痕が見られますが、目立った凹みや変形等は見られず、概ねしっかりとした状態が保たれています。 尚、マガジン・スプリングは入っています。
トリガーテンションの有る、ボルトが閉じた状態で固定された旧加工品です。 (KK)
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