- 国名:日本
種類:細筒
- 【火縄銃 阿波二匁細筒 (在銘: 鍜張 阿州石田兵之助正勝作) について】
本品は阿波筒 (阿州筒) と呼ばれる阿州 (=阿波国、現在の徳島県) で製作された火縄銃で、「The 阿波筒」と言って良いような典型的な阿波筒の特徴を完全に持った品です。
徳島藩祖の蜂須賀家政は鉄砲に力を入れ、火縄銃が日本に伝来してから大凡そ80年後の寛永四年 (1627年) に阿波で書かれた「幕府隠密の偵察記」には、「蓬庵ふだん鉄砲の者ほど役に立つ者無之候とて、大勢御扶持候由、鉄砲の数二千の上有之、鉄砲頭一人に二十人、三十人宛御預け、頭七十ほど御座候由」と記して鉄砲の重要性を説いています。
本品は阿州の在銘品で、銃身下面に「鍛張 阿州石田兵之助正勝作」の銘が入っています。 「石田兵之助正勝」を含む石田一門は、阿波国で活動した二大鉄砲鍛冶(石川家と石田家)の名門家系です。 「石田兵之助正勝」については、「全国鉄砲鍛冶銘鑑」P.24及び「全国鉄砲鍛冶銘地域別分類」P.305にその銘が掲載されています。
銘と共に刻まれた「鍛張」とは銃身の作製方法 (鍛え) のランクとも言える構法の一つです。 芯金に巻き付けた鉄板をどのような構法で張り鍛えているかを表しています。「鍛張」は鍛えた板を巻張した作りです。 他に「半巻張」「一重巻張」「二重巻張」「三重巻張」「短冊張」「蛭巻張」「鍛巻張」「惣巻張」「鍛惣巻張」「鉄惣巻張」「鍛二重巻張」「惣鍛二重巻張」「地鉄惣巻張 」「地鉄鍛惣巻張」「地鉄鍛鋼二重惣巻張」など色々な組合せで表記されます。
本品は細筒としては全長の長い(1,385mm)で阿波筒の掟通りの品です。阿波筒としては当たり前ですが、他の国に比べかなり長い品です。 口径は阿波筒で一般的な約11mm(約二匁)となっており、阿波筒らしく筒 (銃身) は口径に対してかなり肉厚な作りとなっています。 阿波筒では細筒から狭間筒に至るまで鉄砲のサイズに関わらず、口径は11mm前後でほぼ共通した作りとなっていました。 これは徳島藩内で使用される銃弾の口径を実戦において殺傷力を十分に確保できる11mm前後に統一する事により、弾薬補給系統の効率化を図ったものと言われています。 さらに銃身長が口径に対して比較的長めに取られている事から、比較的小口径の銃弾による長射程での狙撃を想定していた可能性も考えられます。
銃身は八角銃身で、銃口部には八角形の銃身が二段階(各約11mm)に広がった阿波八角柑子が設けられています。先目当後方(柑子の後端より約26,5mm後方)の銃身の周囲に銀象嵌と思われる平たい帯状(内部に細線の縁取り=ボーダー)の玉縁(化粧飾りの輪)が施されています。この銃身は銃床に対して4か所の目釘により固定される構造となっています。 先目当はタンケン形で柑子の上ではなく後ろにあるのが阿波筒の特徴です。 元目当は阿波目当て(筋割)となっており、先目当上部のブレード部分は銀製と思われる別部品となっています。 また、先目当及び元目当には阿波筒特有のコの字型の照尺が別部品で差し込まれており、これを垂直に立てた状態で長距離での精密射撃に用いられたと考えられています。本ページの詳細画像をご覧になってください。
胴金の幅は阿波筒は比較的広い22mm前後が一番多く、本品の幅は20.5mmと阿波筒としてはやや狭めです。胴金後部の飾り金具はシンプルで小さな「花先形(雲形とも言う)」で彫刻はありません。芝引金は飾り気のないとても長い短冊形で取れないように両縁をL字に曲げてあり、芝引金に続く尾床板は上部で盾を逆さにしような形(他国の剣先形より幅広で根元が絞っていない)で芝引金と一体になっています。 台 (銃床) についても台カブ部分が大きく、美しい虎杢が人工的に入れられており、目釘金に六稜の星形の座金が用いられている点など、総じて阿波筒の特徴を押さえた作りとなっています。 銃床には火縄通しの穴及び火縄消しの穴が設けられています。
機関部は外カラクリで、カラクリの地板、胴金、火挟、弾金、雨覆、火蓋、芝引金といった部品は真鍮製となっています。 引金は板状の真鍮製です。阿波引金と呼ばれる角を落とした厚みのある三角形(1/4円形)の板状で、引金の形状に合った太い真鍮製の用心金が設けられています。また用心金の基部は楕円形になっています。 台カブ下部の矢倉鋲裏飾金具は六稜の星の座金です。火縄通ノ穴の穴飾りは簡素な楕円です。 胴金下部の後ろ(背割りの終端)には真鍮製の「猪目透かし」になっています。 台全体的な下部の角はほぼ垂直で丸みを全く帯びていない平で飾り金具は一切ありません。台カブの左側面には火消壺(ひけしつぼ)=火縄消しの穴は真鍮製のシンプルな丸い窪み(真鍮製椀型)になっています。 六稜の星の座金は合計14ヶ所揃っています。(MM)
【本個体の説明】
本品の筒 (銃身) は全体に黒錆に覆われていますが、これは当時の日本における防錆方法であった錆付けと同じ処理方法によるもので、欧米のようにブルー仕上げがなかった日本では一般的なものでした。 銃身には若干の表面錆や一部に朽ち込み痕が見られるものの、目立った欠損等は見受けられず、概ねしっかりとした状態が保たれています。 銃身下面に切られた「鍜張 阿州石田兵之助正勝作」の銘についてははっきりと確認出来ます。 銃身下面の目釘金具と銃床の目釘穴の位置は4箇所とも一致しています。 尚、目釘は付属しません。
台 (銃床) についても、全く気にならない小さな打ち傷や線傷、擦れが散見されるものの、現状目立った破損や欠損等は見られず、良好な状態が保たれています。 目釘座や鋲裏座金といった金具についても欠品は見受けられません。 カラクリの地板、胴金、火挟、弾金、雨覆、火蓋、引金、用心金といった真鍮部品についても、適度な時代が付いた良い雰囲気となっており、腐食等も見られません。
カラクリの作動については完全で、火挟を起こした際のロックはしっかりと掛かり、引金を引くと火挟がスムーズに落ちます。 銃身内は銃口から銃身後部まで完全に抜けて (通って) おり、火穴も抜けています。 尾栓の取り外しについてもスムーズに行う事が可能です。 火蓋の開閉についても問題有りません。
木製の本歌と思われるカルカ(さく杖) が付属致します。 (KK)(MM)
【その他の情報】
昭和60年6月10日に岡山県教育委員会により交付された、銃砲刀剣類登録証の付いた完全可動する実物の古式銃です。 無可動実銃ではありません。古式銃は約150年以上前の古い機械物の骨董品であり、高価な品でございますので、出来ましたら現物をご確認の上、ご購入いただけますようお願いいたします。 無可動実銃とは異なり作動する機械物ですので、作動や仕上げの確認をご自身で行われる事をお勧めいたします。 通信販売でのご購入を検討される方は、詳細画像を十分ご確認いただいた上でご注文ください。
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