- 国名:ポルトガル
時代:第一次大戦前
種類:ボルト・アクション
- 【ステアー M1886 Kropatscheck 歩兵銃について】
二十二年式村田銃を彷彿されるような、同時代だけに生産されたチューブ式弾倉を持つボルト・アクション・ライフルです。 程度が今一ですが、元々の作りが良く手の込んだ一挺です。 この価格帯で日本に輸入された数が5挺以下の旧加工品はまず入手できません。(MM)
オーストリアのステアー社で製造された口径8mmのボルト・アクション・ライフルです。 基本構造はオーストリアの銃器設計者Alfred von Kropatschekが開発したチューブ式弾倉を持つボルト・アクション式となっており、使用弾薬は当時開発されて間もない8mmの小口径弾薬を使用しました。 当時新しく開発された小口径弾薬は、従来型の弾薬に比べて初速や射程、貫通力に優れ、殺傷力は変わらないという利点が有りました。 また、弾薬の1発あたりの重量が軽減された事から、兵士は従来よりも多くの弾薬を携帯する事が可能となりました。
本銃はオーストリアのステアー社で製造され、ポルトガルにおいてM1886歩兵銃の名称で制式採用されたモデルです。 1885年に小口径弾を使用する最初の単発小銃としてポルトガル軍がステアー社にGuedes歩兵銃を発注したものの結果的に制式とならなかった為、本銃は実質的にポルトガル軍初の小口径弾を使用する歩兵銃となりました。 (尚、ステアー社が製造したもののポルトガル軍に納入されなかったGuedes小銃は後にボーア人に売却され、ボーア戦争に投入される事となりました)。
ポルトガルでは本銃のような歩兵銃タイプの他に、全長の異なる猟兵銃タイプや騎兵銃タイプも採用されています。 ポルトガル軍での採用当初、本銃の使用弾薬には当初圧縮した黒色火薬が使用されていましたが、1896年に無煙火薬を使用する新型弾薬が開発された為、M1886歩兵銃の無煙火薬仕様への改修が行われました。 本銃は耐久性の高い構造であった為、このような黒色火薬から無煙火薬への変更にも薬室や銃身等の変更は必要なく、照準器の変更のみで対応する事が出来たと言われています。 尚、黒色火薬用の初期型のリア・サイトは最大射程が1,750mまででしたが、無煙火薬を使用する後期型のリア・サイトは最大射程が2,200mまでとなりました。
本銃の特徴的なチューブ式弾倉にはニッケル・メッキが施されており、本体右側面のトリガー・ガード上部にはマガジン・カットオフ・レバーが設けられています。 また、チューブ式弾倉に干渉しないよう、クリーニング・ロッドが左寄りにオフセットされているのも特徴です。 銃床先端の右側面にはM1885銃剣を装着する為の着剣ラグが装備されています。
【本個体の説明】
本品はシリアル??J21となっており、このシリアルは機関部、銃身、ストック左側面後部でマッチしたシリアルNo.が入っています。 セーフティ・レバーとコッキング・ピースは異なるシリアルNo.です。 機関部左側面及びバット・ストック右側面に製造メーカーであるステアー社を示す「OE. W. F. G. STEYR 1886」の刻印が入っている他、モデル名を示す「M.1886」の刻印が機関部左側面に見られます。 また、機関部左側面及びバット・ストックの左側面には当時のポルトガル王であるルイス1世を示す王冠の刻印が入っていますが、木部に関してかなり薄くなって見難くなっております。
本品のリア・サイトの表示は最大射程が2,200mまでの延長式ラダーサイトとなっており、無煙火薬用の後期タイプの物が取り付けられています。
銃身は場所によって薄い錆や退色が見られますが、他の部分ではブルー仕上げが良好に残っています。 ボルト、ボルト・ハンドル、コッキング・ピースは白磨き仕上げとなっており、自然な曇り程度で目立った朽ち込み錆や欠損等は見受けられません。 各バンドとトリガー・ガードは退色が目立っています。 バンドはミドル、リア共に固定が甘くなっており、定位置から大変ズレ易くなっております。 バット・プレートは全体に細かな打ち傷や表面錆があり、歪みが見られ、またバット・プレートのネジの頭の磨耗が見られます。
木製銃床は各部に打ち傷が散見され、バット・プレート付近下部には欠けが見られまが、他の部分は比較的良い状態が保たれています。
マガジン・カットオフ・レバーは90°回転させる事が可能です。 クリーニング・ロッドが付属いたします。
トリガーテンションの有る、ボルトが閉じた状態で固定された旧加工品です。 (MM)(TY)
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