- 商品番号:10320
国名:アメリカ合衆国
時代:第一次大戦
種類:ボルト・アクション
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【モシンナガン M1891/30 歩兵銃 (New England Westinghouse製) について】
帝政ロシアのセルゲイ・イワノビッチ・モシン大佐とベルギーのナガン兄弟が設計したボルト・アクション・ライフルです。 1891年にロシア帝国の制式小銃M1891として採用された後、様々な改良を受けながら第二次世界大戦まで使用され続けた大変息の長い小銃でした。 このためバリエーションが多く、またライセンス生産や鹵獲されて本国以外でも数多く使用された銃でもあります。 刻印はいくつかのバリエーションがあります。
本品は第一次世界大戦中の1915年に米国のニュー・イングランド・ウェスティングハウス (New England Westinghouse) 社で製造された品です。 当時の帝政ロシアは小火器の生産能力が低く、大戦によって小銃不足が深刻化した事から米国へ発注が行われ、150万挺のM1891小銃及び1億発の7,62mm×54R弾がレミントンUMC社に発注された他、ウェスティングハウス社にも180万挺のM1891小銃の発注が行われました。 1915年から1917年にかけてレミントン社で840,310挺、ウェスティングハウス社で770,000挺のM1891が製造され、その内レミントン社製造分の131,400挺及びウェスティングハウス社製造分の225,260挺が1917年1月までにロシアに到着しました。 1917年にロシア革命が起こると、ロシア政府は資金難から米国への小銃の発注契約を破棄し、小銃の品質に問題があるとして代金の支払いを拒否しました。 その結果、米国の両メーカーは経済的な損失を被る事となりました。 米国政府は両メーカーを救済するためにウェスティングハウスの在庫していたM1891に加えて20万挺の発注を行った他、レミントンの在庫していた78,950挺の代金未払いのM1891についても買い上げを行い、さらに60万挺の追加発注を行いました。 米国政府は買い上げたM1891を主に訓練用として州兵や民兵組織等に支給した他、一部は「Russian Three-line Rifle, Caliber 7.62 mm. (.3 inch)」としてフレーミング・ボム刻印やアメリカン・イーグル刻印が打刻されて陸軍でも使用されました。 1918年に第一次世界大戦が終結した後、米国政府は77,000挺のM1891小銃を新たに建国されたチェコスロバキアに譲渡し、一部はチェコ軍団によって使用されました。 尚、ウェスティングハウス社では1915年から1918年にかけてM1891の製造が行われましたが、同社製のM1891の薬室上には全て1915の刻印が入っています。【本個体の説明】
本個体の薬室上面には、シリアルNo.569708の他、「NEW ENGLAND WESTINGHOUSE COMPANY 1915G」の刻印が入っています。 また、帝政ロシアの双頭の鷲国章刻印も見られる事から、帝政ロシア輸出用として製造された事も窺えます。 薬室左側面にはフィンランド軍を示す「SA」の刻印が見られます。 各部のシリアルNo.は、ボルトが569708で薬室とマッチしており、コッキング・ピースが81384、バット・プレートが86822となっています。 機関部左側面には26434の番号が打刻されています。
本品の機関部や銃身といった金属部は、全体に使い込まれたコンディションとなっており、やや打ち傷や表面錆痕、仕上げが薄くなって金属の地肌が表れている箇所等が見られるものの、大きな欠損等は見られず、概ねしっかりとした状態が保たれています。 木製銃床についても、全体にやや打ち傷や線傷が見受けられ、一部埋木による正規の補修痕が施されている他、フロント・スイベル後方の銃床左側面にやや深い抉れが見られますが、全体としては現状大きな破損等は見られません。 傷み易いバット・プレート部についても、全体に仕上げが薄くなっており、やや打ち傷や表面錆痕が見られるものの、現状大きな変形等は見られず、銃床への取り付けについてもがたつきもなくしっかりとしています。 リア・サイトの調整や弾倉底板の開閉については問題なく行う事が可能です。 尚、弾倉内のフォロワー及びスプリングは入っていません。 クリーニング・ロッドが付属いたします。 クリーニング・ロッドの着脱は非常に固くなっています。
トリガーテンションの有る、ボルトが閉じた状態で固定された旧加工品です。 (KK)
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