- 国名:イギリス
時代:第二次大戦
種類:短機関銃
- 【ステン Mk III 短機関銃 について】
第二次世界大戦中に英軍が使用した、9mmパラベラム弾を使用する極めて生産性に優れた短機関銃です。
第二次世界大戦勃発後、ドイツ軍によるフランス侵攻により欧州大陸からの全面撤退を強いられたイギリス海外派遣軍は、ダイナモ作戦として知られる撤退戦で多くの装備を失いました。 ドイツ軍による英国本土への侵攻が強く懸念される中、歩兵用の自動火器不足は深刻な問題とされ、短機関銃の再装備が急務とされました。 イギリス政府はトンプソン短機関銃のアメリカへの追加発注に加え、大量生産が可能な短機関銃を要求します。 バーミンガム・スモール・アームズ社 (BSA) に所属していたレジナルド・V・シェパード (Reginald V. Shepherd) 大佐とハロルド・J・ターピン (Harold J. Turpin) 技師が設計を担当し、エンフィールド造兵廠が試作を行いました。 全体的な配置はドイツのMP28II短機関銃に倣っていますが、銃器以外の金属加工工場でも生産出来るよう、当時としては異例とも言える大幅に簡略化したデザインが採られました。 ダンケルクの撤退からわずか6ヶ月後の1940年12月には最初の試作品が完成し、更に6ヶ月後の1941年6月には量産が開始されます。 完成した短機関銃は前述の二人の設計者とエンフィールド造兵廠から頭文字を取り、STEN (ステン) と命名されました。 その生産性の高さは特筆すべきもので、ドイツ軍が本銃を基にMP3008等のデッド・コピーを製造したほどでした。 また、マガジン・ハウジングを回転させて排莢口カバーとして利用できるのも特徴です。
ステン短機関銃シリーズ最初の量産型であるMk Iからさらなる生産性の向上と徹底したコスト削減を目指して開発されたのがMk IIで、Mk Iで装備されていた木製のハンドガードと可動式バーティカル・グリップ、大型のフラッシュ・ハイダーは省略されました。
ステン Mk IIIは、Mk IIに続いて最も多く生産されたステン短機関銃のバリエーションであり、構成部品数がMk IIからさらに減らされて、さらなる生産性の向上が図られています。 Mk IIIではレシーバー、マガジン・ハウジング、バレル・ジャケットが一体化された構造となっており、バレル・ジャケットは銃口付近まで延長されていました。 また、フロント・サイトはレシーバー上部のヒレの先端付近に移されています。 Mk IIではマガジン・ハウジングを回転させて排莢口カバーとして利用できる機能を備えていましたが、Mk IIIではそのような機能も廃されて、よりシンプルな構造になりました。 しかしながら、Mk IIIとMk IIとの間には部品互換性が殆どなく、兵站上の理由からMk IIの方がより一般的なモデルであり続けました。 また、Mk IIIでは構造上Mk IIのような銃身の取り外しが出来なかった事から、銃身が損傷した際には廃棄せざるを得ず、さらにMk IIに比べて故障が発生しやすかったため、1943年9月には生産が終了しました。 Mk IIIを最も多く生産したのは玩具メーカーであったラインズ・ブラザーズ社 (Lines Bros Ltd) で、総生産数は876,886挺に達しました。 (KK Updated)
【本個体の説明】
本品のマガジン・ハウジング上面には一部薄くなり判読が難しいものの「STEN. M. C. MK III」のモデル名刻印が入っており、マガジン・ハウジング下面にはシリアルNo.A29353の刻印が確認出来ます。 ラインズ・ブラザーズ社を示す「L. B.」のメーカー刻印が確認出来ます。 ストックはループ・タイプが取り付けられています。
本品はブルーイングに一部艶消しのような表面処理が施されています。 全体に小傷が散見されますが、表面処理自体は鮮やかに残っており、概ね良い状態が保たれています。 ストックの取り付けについても、がたつきなくしっかりと固定されます。 マガジンの着脱についてはやや渋く着脱に力必要ですが、機能的には問題なく行う事が可能です。 マガジンは取り付けはがたなくしっかりとしています。 付属のマガジンについては、本体に比べて表面錆の跡が目立ちますが、現状劣化が進行している様子は無く大きな凹みや変形等は見られません。 尚、マガジン・スプリングは入っています。
トリガーテンションの有る、ボルトが開いた状態で固定された新加工品です。 (YS)
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