株式会社 シカゴレジメンタルス イメージ お電話でのお問い合せは東京:03-3802-8707 /大阪:06-6306-3785
SPECIALIZING IN MILITARY                    ANTIQUE

                           
ホーム
商品検索
商品検索ヘルプ
アクセサリー
参考書籍
店舗紹介
スタッフ紹介
ニュース
フリーニュースレター
ご注文について
お問い合せ
よくあるご質問
弊社掲載記事、広告
個人情報保護方針
会社概要
ギャラリー
採用情報
リンク
サイトマップ
カタログ
ガゼットしおり
ブログでの紹介品
ブログでの紹介品
初めての方はこちら

「売約済」「商談中」
「SOLDOUT」
等の表記について、詳しくは こちらをご覧下さい。

「デッド・ストック」
「未使用新品」
等の記載についての説明は、こちらをご覧下さい。


【TKS/D】和製 六連発 バー・ハンマー ペッパーボックス (古式銃、在銘: 東播 勝於易勝舎中 平安住小原寿行作)  
一覧へ戻る
関連商品情報
現在この商品に関連するアクセサリーはございません。
現在この商品に関連する書籍・ビデオはございません。
予約はこちら
  ▲クリックで拡大画像をご覧いただけます。
  Copyright© Chicago Regimentals Co. , Ltd. All Rights Reserved.
価格(税込)
 SOLD OUT
商品番号
 【9417】
英  名
 Japanese made Bar Hammer Pepperbox by Ohara Toshiyuki
種  類
 古式銃(登録証付)、【TK】、Curio Magazine 記事候補、松本零士先生旧蔵品
国  名
 日本
時  代
 第一次大戦前(〜1914)
全  長
 262mm
口  径
 11mm
装 弾 数
 6発
在 庫 数
 SOLD OUT
画像について
 画像は現物です。
コメント
 【和製 六連発 バー・ハンマー ペッパーボックス (在銘: 東播勝於易勝舎中 平安住小原寿行作)について】
本品は日本製で本体部分が砲金製、銃身が銅製です。 日本製としては珍しいバー・ハンマーのペッパーボックス・ピストルです。本品は在銘品で本体(機関部)下面の引金の左右に「東播 勝於易勝舎中」「平安住小原寿行作」の銘が見られます。幕末に作られた和製の洋式拳銃で在銘品は少なく、将来的な研究に役立つと思われます。
  「平安住(現在の京都市)」の「小原寿行」により製作された作品です。 「小原寿行」は「銘鑑」には載っていませんが、同じ平安住で「中嶋寿治」が唯一「平安住」として「全国鉄砲鍛冶銘地域別分類」P.233に掲載されており「先込三連管打短銃」とありますので、何らかの関係があると思います。 また弊社では「中嶋寿治」の二連銃も確認していますので、「平安住」と銘を切る鉄砲鍛冶と「連発銃」の関係はあると確信しています。

また銘の隣に「東播 勝於易勝舎中」と彫られています。 「東播」とは現在の「兵庫県の3市2町(明石市、加古川市、高砂市、稲美町、播磨町)からなる東播磨地域」です。「勝於易勝舎中」の「勝於易勝」は中国古代の兵法書『孫子の兵法』に登場する言葉です。 「勝ち易きに勝つ」つまり「勝ちやすい戦に勝つ」という意味で、『孫子』では「戦が上手い人は派手な智謀や武勇による功績を讃えられることはなく、戦う前に勝てるとわかる敵に勝つ。戦いが上手い人は戦う前に勝利を目指して準備を行い、敵が負ける機会を逃さない。敗北する人は戦いを始めてから勝利を得ようとする。」という文脈で使われています。 そして「舎中」とは「家中」と同意語で「藩士」や「藩」そのものを表します。 『孫子』の日本伝来は古く、天平宝字4年(760年)には実戦に用いられた記録が残っています。また、集団戦が主体になってきた南北朝時代から一部の武将が『孫子』の兵法を取り入れていたことも伝えられています。 江戸時代に入ってから一層研究がさかんになり、多くの注釈本が記されました。 幕末期には松下村塾を開き、長州藩の兵学師範として志士に大きな影響を与えた吉田松陰が『孫子』を座右の書としていました。
推測となりますが「東播 勝於易勝舎中」とは本銃が「東播磨にあった『勝於易勝舎』という名前の組織」のことを示しているのかもしれません。 動乱の幕末期であれば『孫子』の一部を名前とする組織があったとしても不思議ではありません。 弊社で現時点での解釈は「(本銃の持ち主は)東播磨の勝於易勝舎の士」となります。残念ながら『勝於易勝舎』のような名前の組織は見つけられませんでしたが、この銘の真の意味するところが判れば本銃の来歴を知る大きな手掛かりになるでしょう。

銘文以外にも銃本体に多くの興味深い点があります。 幕末に雷管式銃砲が欧米から輸入されるようになってから、国内でも様々な構造の短銃が作られました。 本品は6本の銃身を束ねたような形の一体型鋳造製銃身で、その表面は石目地のようなザラザラした仕上げになっています。 

欧米ではバー・ハンマー ペッパーボックスは引金を引くだけで自動的に銃身が回転し撃発/発射となりますが、本品はバー・ハンマーを指で持ち上げてコックし、同時に銃身が回るシングル・アクションになっています。日本製の単発洋式銃は構造的に単純で比較的現存数が多くありますが、ペッパーボックスになると現存数は極端に少なくなります。 和製のペッパーボックスは通常一発目を発射した後は手で銃身を回転させて次弾を発射する構造になっています。 本品のような自動回転式の構造は複雑で当時の優秀な銃工でもこの仕組みを理解できる者は少なかったと思われます。 また内部構造は欧米のメカニズムではなく、歯車を用いた日本独自(鉄砲鍛冶が独自に考えた)のアイデアで作られており、欧米のペッパーボックスには必ずあるシリンダー・ストップが当初から組み込まれていない構造になっています。特筆すべき点は、銃身後部の各パーカッション・ニップルに小さな鉄製の蓋が付いている点で、形状から撃鉄の代わりのバー・ハンマーは蓋を閉じた状態で蓋ごと雷管を叩いたと思われます。蓋には軽いテンションが掛かった真鍮製のバネが組み込まれており、雷管を蓋で覆う事によって雷管の脱落を防ごうとしたのではないでしょうか。 新兵器を作るにあたって試行錯誤した幕末期の鉄砲鍛冶の姿が目に浮かびます。

装飾も特徴的で本体の両側面に彫られた「波濤(はとう、大きな波)」の文様が「浮世絵のような躍動感」を感じさせます。 通常の銃砲に彫られた「装飾」の彫り物の域を超えた、見事な「銃に託された勢い」が伝わる出来栄えです。
本体の左側面には帯に差す際の鉄製の突起(ベルト・フック)が銃身と平行に付いています。
(MM)

【ペッパーボックスについて】
ペッパーボックス ピストル(Pepper box pistol)とは、シリンダー(回転式弾倉)とバレル(銃身)が一体化(銃身と薬室が一体化)になった黎明期のリボルバー拳銃です。 形状が「コショウ挽き」に似ていることから単にペッパーボックスと呼ばれています。 西部開拓時代初期の米国やヨーロッパ(米国より長い期間)で流行した拳銃の一種です。 一般的には、薬室と一体化した銃身を複数本束ねたものを回転させる事で、装填動作を省略し連射を可能とした銃器の事を指しますが、特に引き金を引くだけで回転連射が可能な「ダブル・アクション機構」を持つ護身用の小型拳銃を指していました。
このペッパーボックスは、複数の独立した銃身を束ねるのではなく、レンコンのような穴を銃身とする一つの塊を鋳造したので頑丈で大量生産が可能でした。 シリンダーとバレルが一体鋳造型である為、口径を大型化すると重心が前方に偏る欠点がありました。 また、シリンダーと一緒に銃身も回転する事から、固定銃身に比較すると命中精度が劣ってしまう点も有り、1850年代後半にはそのほとんどがその姿を消す事になりました。 その他、一発発射すると装填された弾が全弾暴発して発射されてしまう「チェーン・ファイア」を引き起こすと言った問題もペッパーボックスの欠点と言われていました。 しかしながら、この問題はペッパーボックスに限らず、当時のパーカッション式回転拳銃全般が抱えていた不具合でした。 また前方に銃身のないペッパーボックスでは、「チェーン・ファイア」が発生した場合にも全弾が飛び出すだけで、銃本体にはダメージを引き起こさないといった利点もありました。 固定銃身の拳銃で「チェーン・ファイア」を起こすと致命的なダメージを銃本体と射手に及ぼしました。

【本個体の説明】
真鍮製の本体は非常に良い時代色が出ており、オリジナルの状態で永年保管された事が分かる貴重な状態です。 品質も丁寧な手作りであることが判ります。 時代的にはメカニズムの技術やネジなどの小部品の出来の良さから、かなり熟練した洋式銃製造の経験が豊かな銃工によって幕末期に作られた品でしょう。 ダブル・アクションのみの構造で、作動は完全です。
木製グリップは良質な材質で傷も殆ど見られず、当時の艶も完全に残っています。 グリップは取り付けのガタつきも見られない完全な品です。グリップには輪束穴があります。

【壬申刻印について】
機関部右側面には「京都府 壬申 五百五十三」の刻印が入っています。
「壬申刻印」とは古式銃の一種の戸籍番号になります。 明治4年に明治陸軍は主力小銃の統一化を図る為、旧藩に残る銃砲の種類、挺数の把握が急務となりました。 翌明治5年 (1872年、壬申) 1月から、太政官布告第28号第五則の「銃砲取締規則」によって、私蔵されていた銃砲の「我が国初の管理統制」が始まりました。 廃藩時に旧藩は旧家臣に軍用銃を下付した事例が多く見られ、旧士族の家には一挺の軍用銃があったとも言われています。 それらの銃はその後市中に大量に出回り私蔵されていました。 銃砲取締規則ではこれらの私蔵されていた銃砲について、管轄庁 (東京と大阪は武庫司) に持参して改刻印式によって番号、官印を受ける (これが明治5年度であれば壬申刻印と番号) 事が義務付けられました。 同時に管轄庁は同人名と番号を管轄鎮台に届け出て、鎮台より武庫司にそれらが提出される仕組みになっていました。 この調査は明治20年代頃まで銃砲調査が行われましたが、明治5年 (1872年=壬申) の調査が最も大々的に行われ、今日この種類の刻印の内90-95%が壬申の年に行われた事から、古式銃に打たれた漢字の刻印をまとめて「壬申刻印」と呼ばれています。 本品は「京都府 壬申 五百五十三」の刻印が入っている事から、明治5年に京都府に届け出が行われた品である事が判ります。

弊社では100挺以上の和製の洋式古式拳銃を扱っていますが、本品のような「バー・ハンマー」のペッパーボックスは初めてです。本品は漫画家の松本零士先生のコレクションの中の一挺で、さすが日本一の洋式銃コレクターの旧蔵品と言える「形状」「銘文」「彫刻」「構造」など多くの特徴を備えた一級品です。 東京店在庫品 (MM)

【登録証情報】
(種別: 管打式銃砲、全長: 26.2cm、銃身長:7.7cm、口径:1.1cm、銘文: 東播 勝於易勝舎中 平安住小原寿行作)

【その他の情報】
平成7年8月10日に兵庫教育委員会で交付された銃砲刀剣類登録証が付いた、可動する実物の古式銃です。漫画家の松本零士先生の旧蔵品です。 無可動実銃ではありません。

古式銃は約150年以上前の古い機械物の骨董品であり、高価な品でございますので、出来ましたら現物をご確認の上、ご購入いただけますようお願いいたします。 無可動実銃とは異なり作動する機械物ですので、作動や仕上げの確認をご自身で行われる事をお勧めいたします。 通信販売でのご購入を検討される方は、下記リンクの詳細画像 (Detailed Photos) を十分ご確認いただいた上でご注文ください。 詳しくは本HPのメニュー・バーにある「Ordering Terms (ご注文について)」の「04. 商品の返品について」をご覧ください。

詳細画像(Detailed Photos)はこちら

一覧へ戻る   このページのトップへ
E-mail:chicago@regimentals.jp
Copyright (c) Chicago Regimentals Co.,Ltd.All Right Reserved.