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【TK決定】和製単発ピン打式拳銃 (登録証付古式銃、支ノ壬申五百四十二番埼玉縣) (西)㉝  
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価格(税込)
 SOLD OUT
商品番号
 【8673】
英  名
 Japanese made Pin-fire Single shot Pistol
種  類
 古式銃(登録証付)、単発、登録証付古式銃買取品
国  名
 日本
時  代
 第一次大戦前(〜1914)
全  長
 218mm
口  径
 8mm
装 弾 数
 単発
在 庫 数
 SOLD OUT
画像について
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コメント
 (火縄銃式火器、長さ: 3寸7分5厘、外径: 5分0厘、内径: 2分5厘、審査済 【和製単発ピン打式拳銃 (登録証付古式銃、支ノ壬申五百四十二番埼玉縣) について】 幕末に国内で製造された珍しいピン式の短銃です。 サイズは全長218mm、銃身長114mmの一見和製のドントル銃と見間違えるような外見とサイズです。 しかしながら、本体(機関部=レシーバー)部分は真鍮製なっており、銃身が鉄製であることから銃身が分離式であることが容易に判断できます。 管打式ですと通常は本体と機関部が一体(または完全に接続状態)であることから銃身後部から装填する後装式であることが判ります。 さらに銃身後部上方にカニ目打ち式の薬莢のピンが出る穴(切り込み)が見られ、ハンマーがそれを叩く構造からピン打ち式であることが判ります。 銃身の薬室右側にスライド式の指掛けの様な部品 (バレル・ロック) が設けられています。 普段はこのバレル・ロックが後方に押されて機関部に爪が入ってバレルが不用意に開かないようにロックする仕組みになっており、指かけを前方にスライドさせるとロックが解除されます。和銃としては珍しく撃鉄にはハーフ・コック位置とフル・コック位置が設けられています。 本品の銃身は鉄製の八角銃身で、フロント・サイトには真鍮製の小粒(小さな球形)のサイト)が別部品として取り付けられています。グリップは和銃らしい角度で大きく下方に折れ曲がった木製(硬質のウォルナット製?)です。リアサイトは元々設けられていません。
江戸時代後期に火縄銃型の管打式馬上筒が作られ、その後洋式銃を模した管打式ドントル銃が多く作られ国産拳銃はその後の規制もあり製造は殆どされなくなりました。国内でピン打ち式を使用した期間は極僅かで、ヨーロッパから輸入されたピン打ち式のルフォーショーリボルバーを多く使用した経緯から弾薬の補給も容易で当時としては最先端のピン打ち式を模造したと考えられます。 サイズ的に護身用として使用されたと思われます。 (MM)

【本個体の説明】
本品の筒 (銃身) を含む鉄部は黒錆に覆われていますが、これは当時の日本における防錆方法であった錆付けによるもので、欧米のようにブルー仕上げがなかった日本では一般的なものでした。 銃身は一部に表面錆痕は見受けられるものの、大きな欠損等は見受けられず、総じてしっかりとした状態が保たれています。
本品の機関部左側面には「支ノ壬申五百四十二番埼玉縣」の壬申刻印が打刻されています。 「壬申刻印」とは古式銃の一種の戸籍番号に相当する刻印です。 明治4年に明治陸軍は主力小銃の統一化を図る為、旧藩に残る銃砲の種類、挺数の把握が急務となりました。 翌明治5年 (1872年、壬申) 1月から、太政官布告第28号第五則の「銃砲取締規則」によって、私蔵されていた銃砲の「我が国初の管理統制」が始まりました。 廃藩時に旧藩は旧家臣に軍用銃を下付した事例が多く見られ、旧士族の家には一挺の軍用銃があったとも言われています。 それらの銃はその後市中に大量に出回り私蔵されていました。 銃砲取締規則ではこれらの私蔵されていた銃砲について、管轄庁 (東京と大阪は武庫司) に持参して改刻印式によって番号、官印を受ける (これが明治5年度であれば壬申刻印と番号) 事が義務付けられました。 同時に管轄庁は同人名と番号を管轄鎮台に届け出て、鎮台より武庫司にそれらが提出される仕組みになっていました。 この調査は明治20年代頃まで銃砲調査が行われましたが、明治5年 (1872年=壬申) の調査が最も大々的に行われ、今日この種類の刻印の内90-95%が壬申の年に行われた事から、古式銃に打たれた漢字の刻印をまとめて「壬申刻印」と呼ばれています。 本品には「支ノ壬申五百四十二番埼玉縣」の刻印が入っている事から、本品が明治5年に埼玉県で銃砲調査を受けた事が判ります。 「支ノ壬申」とは「干支の壬申の年(明治5年)」の意味です。
旧埼玉縣は明治4年(1871年) - 7月14日、廃藩置県を受けて藩領に川越縣・忍縣・岩槻縣の3縣が誕生。11月14日、忍縣・岩槻縣・浦和縣の3縣が合併して埼玉縣が誕生しました。 現在の埼玉県東部地域にあたります。 また、本品には埼玉県教育委員会が交付した登録証が付いている事から、本品が銃砲調査を受けた明治5年(1872年、壬申年) から登録証が交付された昭和26年(1951年)頃まで埼玉県に存在していた可能性が高いと考えられます。

木製グリップについては極僅かな線傷の他、グリップ後下部に当たり傷が見受けられるものの、強度的にはしっかりとした状態が保たれています。 鉄製銃身についても表面錆が見受けられるものの、目立った朽ち込み等は見られず各部の取り付けもがたつきもなくしっかりとしています。 銃身下部に製造時のスによる小さな窪みがあります。 機関部の作動については問題なく、撃鉄を起こした際のロックは掛かり、トリガーを引くと撃鉄が落ちます。 銃身内は銃口から銃身後部まで抜けて (通って) います。
馬上での運用を想定したサドル・リングの付いた珍しい和製の管打式短銃です。 洋式銃の影響を受けながらも、日本独自の形状を残しています。 (MM)

【その他の情報】
昭和26年12月24日に埼玉県教育委員会によって交付された銃砲刀剣類登録証が付いた完全可動する実物の古式銃です。 無可動実銃ではありません。

古式銃は約150年以上前の古い機械物の骨董品であり、高価な品でございますので、出来ましたら現物をご確認の上、ご購入いただけますようお願いいたします。 無可動実銃とは異なり作動する機械物ですので、作動や仕上げの確認をご自身で行われる事をお勧めいたします。 通信販売でのご購入を検討される方は、下記リンクの詳細画像 (Detailed Photos) を十分ご確認いただいた上でご注文ください。 詳しくは本HPのメニュー・バーにある「Ordering Terms (ご注文について)」の「04. 商品の返品について」をご覧ください。

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