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和製管打式ゲベール銃 (銃砲刀剣類登録証付古式銃、在銘: 江州國友藤市郎)  
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価格(税込)
 \330,000
商品番号
 【4327】
英  名
 Japanese made Percussion Rifle
種  類
 古式銃(登録証付)、単発、登録証付古式銃買取品、ガゼット Vol. 15
国  名
 日本 / オランダ
時  代
 第一次大戦前(〜1914)
全  長
 1375mm
口  径
 18mm
装 弾 数
 単発
在 庫 数
 限定1品
画像について
 画像は現物です。
コメント
 【和製管打式ゲベール銃について】
和製ゲベール小銃とは、幕末に日本で倣作された前装滑腔銃のことです。 古いものでは火打ち式(フリント・ロック=燧石式)の撃発装置が付いた品もありましたが、日本で倣作された品の多くは本品と同じ管打ち式(パーカッション・ロック)です。 ゲベールとはオランダ語で小銃を意味し、幕末では洋式前装式小銃の固有名詞になっていました。 フランス軍が1670年に採用したフリント・ロック式小銃を改良した小銃を1777年にオランダ軍も採用し、そのタイプの銃を天保二年(1832年)に長崎の高島秋帆が輸入したのが始まりです。 そのタイプと言うのは当時ヨーロッパ諸国は概ね同じようなタイプの小銃を制式化しており、M○○○○を輸入したとモデル名までは断定できません。 当時欧米諸国で唯一日本と貿易ができたオランダが輸出したので、その際の言葉(オランダ語)のゲベール(小銃)が一 般化しました。 よって当時輸入されたゲベール銃は必ずしもオランダ製小銃であったとは言えません。

NHK大河ドラマ「八重の桜(一巻)」で幼少の八重が兄の使うフリント・ロック式小銃を見て何かと聞いたときに、兄が「ゲベール(銃)だ」と答えたように使われていました。 あくまでもドラマの中でのやり取りですが洋式小銃=ゲベール銃というのが一般的だったのではないでしょうか。

弘化年間(1844ー47年)に雷管式が日本に伝わると従来のフリント・ロックはパーカッションに改造されました。 また日本で倣作された品の殆どがこのパーカッション式です。 本銃のその内の一丁です。 同じパーカッション式でも、ライフリングのない前装滑腔銃をゲベールと呼び、ライフリングのある前装施条銃は使用弾薬によって当時はミニエー銃、またはエンピール銃(=エンフィールド銃)、鳥羽銃(鳥羽=タワー、タワー刻印が入ったエンフィールド銃)と呼ばれました。 これらの銃は文久年間(1861ー64年)頃に輸入されましたが、形状が良く似ていたので日本では混同されており、はっきりとエンフィールドとミニエーの違いを区別するようになったのは慶応三年(1867年)頃と言われています。

日本製のゲベール銃は日本各地の(火縄銃を作っていた)銃工によって作られたので一丁一丁一丁に小差があります。 しかしながら原型となったのが1840年頃に作られたオランダ製コロニアル マスケットではないかと言われています。
今回同時に異なる場所から全く同一の和製ゲベール銃を入手しました。 一丁には和製ゲベール銃としては珍しい銃工名が火縄銃と同じように銃身の裏に鏨で「江州國友藤市郎」と切ってあります。 江州(ごうしゅう)とは「近江の国」で現在の滋賀県で製造されたのは間違いありません。 もう一丁は無銘で日本製を表す漢字刻印は一文字もありません。 バットストック左側面に壬申刻印が入っていますが、登録県名が入っていない為明治5年の時点でどの県にあったが不明です。 しかし平成16年に愛知県で発見されて「銃砲刀剣類登録証」が交付された品ですので距離的に近い在銘品と同じ「近江の国」で製造された品かも知れません。 国内で発見される和製ゲベール銃に一定の共通点が見られるので「幕末期にどのような形で同一規格のゲベール銃が作られたか?」が今後の研究課題となるでしょう。

【本個体の説明】
本品は銃身の長い歩兵銃タイプで通称「3 バンド」と呼ばれ、19世紀前半における列強の主力小銃と同じ長さの品です。 その後「前装施条銃」となり銃身が短くなっても命中率が上がったので少し短い「2 バンド」と呼ばれる短小銃を欧米諸国で採用され始めました。 体格に劣る当時の日本人は「3 バンド」より「2 バンド」を多く輸入しました。 しかしながら幕末期に日本国内で製造された小銃は「前装滑腔銃」でしたので、命中率を確保するためには「3 バンド」の銃身長が必要でした。
本品は木部の程度がとても良く金属部分も完全なオリジナル性の高いしっかりとした一丁です。 銃身を含む鉄部分は黒錆に覆われていますが、これは当時の日本における防錆方法であった錆付け(日本刀の中茎と同じ処理方法)によるもので、欧米のようにブルー仕上げがなかった日本では普通でした。 古式銃全体から見ても十分許容範囲内の時代錆です。 また本品のバンド類やトリガー・ガード、バット・プレートについては、黒染めされた真鍮製と思われる金属製で、材質及び色味はマッチしています。 時代錆以外は金属部分の状態は良好です。 機関部はハーフコックの無いフルコックだけと日本製ゲベール銃の構造の特徴になっており、フルコックをした状態で引き金を引く完全に作動します。 ハンマーをコックした際にはカチッと言う歯切れの良い作動音がします。
和製ゲベール銃としては珍しい銃工名が火縄銃と同じように銃身の裏に鏨で「江州國友藤市郎」と切ってあります。 江州(ごうしゅう)とは「近江の国」で現在の滋賀県で製造されたのは間違いありません。 「國友藤市郎」は江州の著名な銃工家系で慶長十六年(1611年)年記の 「國友藤一郎」在銘の火縄銃が存在しています。 本銃の作者はそれより250年ほど後の子孫(弟子)と考えられます。 「國友藤一郎(藤市郎)」から「國友藤九郎」まで続きましたが「國友藤市郎」名を名乗った銃工も数人おり、弊社で過去に取り扱った幕末期の火縄銃で「江州国友藤市郎綏耀」銘の品がありました。 同時期に「藤市郎綏濯」「藤市郎紅当」「藤市郎直当」「藤市郎久永」などの銃工がいました。 このように製造地が特定出来る軍用規格の和製ゲベール銃は非常に珍しいものです。
さく杖(ラム・ロッド)は付属していません。 表面錆はありますが非常に程度の良い状態で、幕末期の日本製小銃の史料としては特にお勧め出来る一挺です。 東京店在庫品 (MM)(KK)

【その他の情報】
平成24年12月14日に岡山県教育委員会によって交付された銃砲刀剣類登録証が付いた完全可動する実物の古式銃で、名義変更だけの手続きで合法的に所持ができる軍用小銃です。 無可動実銃ではありません。

古式銃は160年ほど前の古い機械物の骨董品であり、高価な品でございますので、出来ましたら現物をご確認の上、ご購入頂けますようお願い致します。

通信販売でご購入される際は、下記の詳細画像(Detail-Photos)を十分ご確認頂いた上でご注文下さい。 詳しくは本HPのメニュ・バーにある「Ordering Terms(ご注文について)」の「04. 商品の返品について」をご覧ください。

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