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価格(税込)
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\1,320,000 |
商品番号
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【3217】 |
英 名
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Lindner Breech Loading Carbine |
種 類
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古式銃(登録証付)、単発、ガゼット Vol.12、東京店在庫品、✕ |
国 名
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アメリカ合衆国 |
時 代
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第一次大戦前(〜1914) |
全 長
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980mm |
口 径
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15mm |
装 弾
数
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単発 |
在 庫
数
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限定1品 |
画像について
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画像は現物です。 |
コメント
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【リンドナー カービン 初期型について】
リンドナー カービンはニューヨーク市のEdward Lindnerが発明しました。1859年3月29日にカービンのRotating Locking Deviceに関してUS パテント No.23,378を所得しています。リンドナー カービンの製造は米国東部のニューハンプシャー州ManchesterにあったAmoskeag Manufacturing Companyで行われました。 Amoskeag社はカービンの他にも27,000挺のライフル・モデルを南北戦争中に合衆国政府(北軍)に納めています。 Amoskeag社の代理人であるニューヨーク市のSamuel B. Smithが1861年にカービンを合衆国政府売り込む事に成功し、400挺のリンドナー カービンをBrodhead大佐の指揮するミシガン州第一騎兵隊に配備されることになりました。 1861年11月27日には391挺のリンドナー カービンがワシントン兵器廠に届きました。 早速1861年末にはミシガン州第1騎兵連隊に支給され1862年の「バレーの戦役(=Campain in the Shenandosh Valley)」でロバート・E・リー将軍の片腕とも言われたStonewall Jackson少将が率いる南軍部隊に対して初めて使用されました。 二回目の合衆国政府(北軍)からの注文は1862年11月4日で1863年1月9日には501挺のリンドナー カービンがウエスト・ヴァージニア州第8騎馬歩兵連隊(後のウエスト・ヴァージニア州第7騎兵連隊)にWheeling兵器廠届けられました。 第8騎馬歩兵連隊がリンドナー カービンを戦闘で使用した記録は残っていませんが、1863年の記録ではA中隊からK中隊(+倉庫)への各中隊に配備された丁数まで残っているのは驚きです。 B中隊のみエンフィールド カービンを装備していました。 合計で僅か892挺のリンドナー カービンと10万発のその弾薬が合衆国政府に納められました。 その後1864年にAmoskeagで再生産されましたが、南北戦争終結前の合衆国政府には納められませんでした。 1860年に南ドイツのバイエルン王国によって採用されました。
リンドナー カービン初期型は.58口径で全長38 3/4in.、騎兵が馬のサドルに銃を掛けるためのリング(サドル・リング)が本体左側に付いていましたが、後期型はトリガーガード後部にスリング・スイベルの形となって移動しました。 またリア・サイトも初期型は機関部とストックを留める上部タング上にあったのに対して、後期型はブリーチ・ブロックの前に移動しました。初期型には刻印が無く、後期型にはブリーチ・ブロックの上に「EDWARD LINDNERS PATENT/ MARCH 29, 1859」と刻印が入っています。 またサイド・プレートにも「S/AMOSKEAG MFG CO/MANCHESTER., N.H.」と刻印が入っています。 以上の違いから本品はリンドナー カービンの初期型になります(ブリーチ・ブロック上の刻印は確認出来ません)。
前装式から後装式に装弾方法が変わって行く中で、多くの種類の(元込式)装弾メカニズムが考案され、リンドナー カービンはその中で数少ない南北戦争で使用された品でした。 南北戦争で使用された後装式の中で比較的初期に実用化されたシステムで日本では「遊底こう起式」と呼ばれています。 「遊底こう起式」は海外でも珍しく日本にはホール ライフルとリンドナー ライフルが幕末に輸入された記録があります。 その一つのホール ライフルは世界初の後装式軍用銃として、日本ではペリーが徳川幕府に献上したライフルとして有名です。 一方リンドナー ライフルは国内でも現存数が少なく、弊社で2挺もとり扱ったのは奇跡とも言えます。 「遊底こう起式」とは薬室前方に筒状の駐筒と呼ばれるカバーが付いており、その右側面のハンドルを持って左側に約180度回転させることによって薬室のロックが開放される仕組みになっています。 薬室後部に蝶番とバネが付いており、駐筒によって留められているロックが解除されると薬室前部が蝶番を軸にこう起(起き上がる)して薬室の前から装弾を行う機構の品を指します。薬室前部をこう起させるにはまず撃鉄を起こしておく必要があります。 装弾が終われば、起き上がった遊底を下に閉め駐筒を今度は右側へ約180度回転させて完全に閉鎖する仕組みです。 この駐筒によって薬室前部と銃身後部という「最もガス漏れが生じる部分を完全に閉鎖する」当時としては画期的なシステムでした。 弾薬は装薬と弾頭を紙で包んだだけの単純なもので、雷管などは付いていませんでした。 発射後にはペーパー・カートリッジは消失して排莢の必要はありませんでした。 ペーパー・カートリッジといっても弾頭と装薬を一まとめに包んだだけの簡単なものです。 撃発装置は右側のプレート(サイド・ロック)に付いたサイド・ハンマーによる一般的な独立した雷管外火式です。 ホール ライフルがトップ・ハンマーであったので容易に区別がつきます。 本品にはサイド・プレートの番号以外には刻印がなく、刻印での製造元の判別はつきません。 弊社での推測ですがアメリカ南部連合国で南北戦争中の1864年に製造されたものではないでしょうか。 本モデルはリンドナーの初期型 騎兵銃(カービン)で、当時のアメリカ製騎兵銃と共通するサドル・リングと呼ばれる大きな環(リング)がサイド・ロックの反対側(左側)に付いています。
駐筒(カバー)を左方へ180度回転させると、バネの力で遊底前部が起き上がる仕組みはこの銃だけのアイデアですので、希少価値だけではなく構造的に非常に興味深い品です。
所荘吉氏著「増補 図解古銃事典」のP.146の写真とストックの形状はやや異なるものの、機関部は全く同じものです。(MM)
【本個体の説明】
全体に渡って金属部のサビ、朽ち込みがございますが、現状は本状態で落ち着いています。サイド・ロックに1864の刻印が見られます。反対の左遊底側面に何らかの刻印が見られますが経年により判別ができかねます。
金属ハンマーのハーフコック、フルコックの動きは問題ありません。カバーを左方へ回転させると、バネで遊底前部が起き上がるシステムはしっかりと動き、トリガーによりハンマーも落ちます。
木部も年代なりの傷はございますが、まだまだその色艶を保っており、その美しさ、感触を楽しむことができます。
【その他の情報】
登録証が付いて可動する実物の古式銃です。 無可動実銃ではありません。 昭和62年5月12日に大阪府教育委員会で交付された銃砲刀剣類登録証付きです。銃口から火門まで通っている事を確認済みです。
古式銃は約150年以上前の古い骨董品であり、高価な品でございますので、出来ましたら現物をご確認の上、ご購入頂けますようお願い致します。 無可動実銃とは違い作動する機械ものですので、作動や仕上げの確認をご自身でされることをお勧めします。 通信販売でご購入される際は、下記に追加される詳細画像(Detail-Photos)を十分ご確認頂き、またお電話で作動状態の説明を聞かれた上でご注文下さい。 詳しくは本HPのメニュ・バーにある「Ordering Terms(ご注文について)」の「04. 商品の返品について」をご覧ください。
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