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価格(税込)
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お客様ご連絡中 \352,000〜\440,000 |
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商品番号
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【10061】 |
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英 名
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Type 30 Infantry Rifle |
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種 類
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ボルト・アクション、東京店在庫品、大阪店在庫品、無可動実銃新入荷品 2025年11月 |
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国 名
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日本 |
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時 代
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第一次大戦〜第二次大戦 |
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全 長
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1,275mm |
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口 径
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6,5mm×50 |
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装 弾
数
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5発 |
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在 庫
数
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お客様ご連絡中 |
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画像について
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画像は現物とは異なります。 |
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コメント
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【三十年式歩兵銃 について】
日本陸軍が明治30年 (1897年) に制式とした歩兵銃で、約55万挺が生産されて日露戦争における主力小銃として使用されました。 有坂成章大佐 (後に中将) が明治29年に3ヶ月程度の短期間で本銃の設計試作を行ったと言われています。
三十年式歩兵銃の登場以前には村田式の連発銃 (二十二年式村田連発銃) が採用されてはいましたが、チューブ・マガジンにより再装填を手早く行う事が出来ず、また同マガジン・システムによる平頭弾のため命中精度にも難点がありました。 また構造的にも初期の連発銃で、既に時代に遅れつつありました。 このため村田経芳の後を受けた有坂大佐 (当時) による設計により、スウェーデン軍のM1894小銃を参考にモーゼル・タイプの一体型ボルト使用するコックオン・クロージング方式を採用しました。 コックオン・クロージング方式はボルト・ハンドルを起こした際にはコッキングが行われず、ボルトを前進させる際にファイアリング・ピンのスプリングが押し縮まりコッキングが完了するようになっています。 また三十年式歩兵銃の特徴であるフック (三日月型) 式の安全装置がファイアリング・ピン後部と連動しており、射撃時 (火=Fire) はフック式の安全装置が左横に倒れており、安全時 (安=Safe) はフックが垂直に起きてファイアリング・ピンを固定し引金を引いても撃発出来なくなっています。 安全装置の切り替え位置が明確なために誤操作を防ぐ事が出来た半面、フック式であるために他のものに引っ掛かる問題点があったと言われています。 酷寒の満州での戦闘の経験から防寒手袋をはめた状態で小型のフックを回転させる操作に難があったのが、後に三八式小銃型 (大型でチェッカリングが入った円形部品) に改良される一因とされています。
三十年式歩兵銃と同時に円頭型 (蛋形) 弾頭を持つ口径6,5mmの三十年式実包 (6,5mm×50 セミ・リムド) が口径8mm×52の村田弾に変わり新しく開発されました。 当時口径6,5mmは小銃弾としては威力が小さく、ロシア騎兵の突撃には対抗できないと考えられていました。 しかしながら無煙火薬による小口径化や弾丸を軽量化する分初速を高くする事により弾丸の低伸性を実現するなど、ロシア軍の小銃の性能を凌駕していました。 同時代の口径6,5mm弾はイタリアのカルカノ弾 (6,5mm×52)、スウェーデンのスウェーディッシュ・モーゼル弾 (6,5mm×55)、オーストリアのマンリッヒャー弾 (6,5mm×54) 等がありますが、実包を5発横並びに配置したモーゼル式クリップはスウェーデン軍のものだけで、この点も近代的と言えるでしょう。
銃弾はもとより近代的なボルト・アクション ライフルで、モーゼル系機関部を採用した日本で初めての銃となりました。 当時としては先進的で、後に採用され終戦まで使用された名銃「三八式小銃」はこの三十年式の改良型です。 一方、その先進さから、銃身の素材が国内では要求する鋼を調達できず、輸入に頼る事になったという問題点もありました。
このような経緯から、三十年式を筆頭にこの機構を踏襲した三八式、九九式小銃を含めた日本軍の小銃は、外国でアリサカ・ライフルと呼ばれました。
尚、三十年式歩兵銃は生産終了後、使用弾薬を円頭弾の三十年式実包から尖頭弾の三八式実包仕様へと改修した品も存在し、このような品では弾道の変化に合わせる為、照尺の2,000m位置が上端のVノッチからエレベーション・スライド側へと移されたタイプへと換装されています。 (MM)(KK)
【日本の産業革命と東京砲兵工廠】
東京砲兵工廠は1870年 (明治3年)、東京にあった旧幕府営の関口製造所と滝野川反射炉を同じく東京の小石川にあった旧水戸藩邸跡に移設し、翌年から火工所として小銃実包の製造を始めたのが始まりです。 翌1872年には銃工所 (小銃改造・修理)、大砲修理所の操業が開始されました。 余談ですが1897年には、東京砲兵工廠の鉄工 (鉄を加工する旋盤工・仕上工・鍛工など) が組織した鉄工組合が、日本最初の労働組合として結成されました。 産業革命を通じて生み出された階級対立が皮肉にも国益最優先の官営陸軍兵器工廠で早くも社会問題となった事からも、いかに東京砲兵工廠が進歩的であったかが窺えます。
1916年 (大正5年) の関東大震災で甚大な被害を受けた小石川の東京砲兵工廠は、陸軍造兵廠の一つで同じ年に開設された大阪砲兵工廠の管轄下である小倉兵器製造所への移転が1927年 (昭和2年) に決定され、東京砲兵工廠小倉兵器製造所となって1931年 (昭和6年) から小倉へ移転が実施されました。 その後小倉兵器製造所は小倉工廠となり1935年 (昭和10年) 東京砲兵工廠は小倉工廠へ移転を完了し、約66年間の歴史の幕を閉じました。 しかしながら終戦まで東京第二造兵廠の管轄下であったので、小倉工廠で生産された小銃にも東京造兵工廠の四つ葉の刻印が打たれています。 東京砲兵工廠で最も多く生産されたのが三十年式歩兵である事から、東京砲兵工廠と三十年式歩兵銃は切り離して考える事の出来ないものです。 また、三十年式歩兵銃が生産されていた頃の日本の産業革命は脆弱で、とても欧米先進国に追い付けるものではありませんでした。
日本の産業革命は、繊維工業と鉱山業のみが発展し農業は大規模農場へ発展するものが全くなく、多くの農民が土地を失いました。 土地を失った農民達は地主から土地を借り小規模生産を続け、その娘たちの多くは繊維工場へ、そして小作農も炭鉱や金属鉱山へ流れて重労働に従事しました。 これらの分野の労働は比較的単純なため、低賃金労働者が豊富な後進国日本は国際競争で有利な位置にありました。 しかし重工業のように多額の設備投資と熟練度の高い工員が必要な分野は、日本で産業革命が始まった当初には職工が3,000人以上の大工場は、官営の陸海軍工廠と八幡製鉄所しかありませんでした。 日本の民間機械工業においてはせいぜい機械を修理を修理する程度であった事を考えると官営の造兵工廠、特に小銃製作所は江戸時代から続く鉄砲職人から工員を募集することによって、熟練工の確保が行われました。 一見日本の伝統技術と日本の近代化は無関係のように思われますが、彼らの技術がまだ手作業に頼っていた「三十年式歩兵銃」の量産と精度の維持が可能となりました。
20世紀に入ると日露戦争の勝利と相まって民間重工業も発展を開始していきました。 海運諸会社と結び付いた三菱、川崎などの国益をバックにした造船所が発展しました。 住友鋳鋼場、神戸製鋼所、川崎造船所鋳鋼工場、日本鋼管などの主要民間製鋼メーカーが発足しました。 その日露戦争に勝利をもたらした純国産の兵器が三十年式歩兵銃であった事から、日本の産業革命の始まりから完成まで、この一挺の小銃によるものであったとも考えられます。 (注)日露戦争で決定的な勝利をもたらした連合艦隊の多くの艦船は外国製で、旗艦の「三笠」は英国製でした。 もちろん日露の勝利は優秀な指導者 (指揮官) を始め士気の高い兵士、その他によることも大ですが最終的に勝敗を決めた陸戦において、その兵士の手に握られていたのはこの三十年式歩兵銃であった事は間違いありません。(MM)
【本ロットの説明】
本ロットは三十年式歩兵銃 東京砲兵工廠(小石川)製です。
コンディションや薬室上の御紋章の状態等によって価格が異なりますので、下記の詳細をご覧ください。
ボルトの先端と下半分を切除して、ボルト・ハンドルを閉じた状態で溶接固定した新加工品です。 (KK)
・三十年式歩兵銃 小石川製 <-> シリアルNo.43511
御紋章/有
\440,000(10%税込、お客様ご連絡中) 東京店在庫品の詳細画像(Detailed Photos)はこちら
・三十年式歩兵銃 小石川製 <-> シリアルNo.267839
御紋章/追刻
\352,000(10%税込、お客様ご連絡中) 大阪店在庫品の詳細画像(Detailed Photos)はこちら
・三十年式歩兵銃 小石川製 <-> シリアルNo.507990
御紋章/追刻
\385,000(10%税込、お客様ご連絡中) 東京店在庫品の詳細画像(Detailed Photos)はこちら
【その他の情報】
無可動実銃には文章では表現の難しい傷がある場合がございます。 通信販売でご購入される際は、上記の詳細画像 (Detailed Photos) を十分ご確認いただいた上でご注文ください。
本ページの画像の個体は東京店在庫品(#43511、お客様ご連絡中)です。
複数の個体が掲載されている場合、各詳細画像をご確認の上、ご注文の際はシリアルNo.をご指定ください。 価格横にご案内状況を表示しております。
※本コメントは現在作成中です。 後日、加筆/訂正が行われる場合がございます。 |
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